BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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人がいない!  とはもう言わない

今、何が悩みか?

人手が足りないです。
量的にも質的にも。

頭数足りなきゃ、長時間労働になるのは当たり前。
後は仕事をお断りするか。
ただこれだけの話。

頭数は一応そろっていても、期待通りにワークしない。
こっちの方が頭痛いです。

頭くるのは「できません」と言われること。

パターン1
「じゃあ、いい(怒)」と僕が全部やってしまって、「できないことはない」っと後で理解させる方法。
これ、本人にはいい気分しないだろうし、結局僕だけがスキルアップするので、ベストの方法ではないです。ただこれが一番手っ取り早い。ある意味人間が持つルサンチマン的な面を活用するというのか、こういう状況だとやたら早くできるんですよね。(平たく言うと、「まったくもうっ!」って気分がエネルギー源になるってこと)

パターン2
「じゃあ、いい(怒)。僕がやる。」というと、慌てて「いや、そういう意味じゃなくて・・・わかりました。もう少し考えて見ます。」
これは、パターン1の発展系。結局考え抜いて「できない」と判断したから「できません」と言ったわけではないことに気づいてくれたという一つの発展段階。でも、結局時間かかるし、何より頭痛いのは、結果的に、「発展段階」というには程遠いケースがあるということ。つまり、本気で考えてくれているのではなく、ただ僕に怒られるのが嫌で、その局面を逃れたいという理由だけで単に持ち帰ってしまう場合が(少なからず)ある。何で衝突を嫌がるんだろうね。結局ほっとけばもっと大きな衝突や問題が起きるのがわかってるのに。

パターン3
「じゃ、一緒に考えようか」ってんで、ホワイトボードにあれこれ書き始めて・・・これが一番よさそうだと思うでしょ?ところがですね。結局これパターン1に近いことが多いんですよ。僕があれこれ考えてホワイトボードに書いてくでしょ、試行錯誤しながら。でできるまで(一応うなずいたりはしてくれますが)何の発言もせず、じっと待っていて、完成したところで、その結果のみノートに書き写して、それを単にパワーポイントに落としてくるだけ・・・(悲)

パターン4
これはパターン3の発展形態で、少しは議論(最初はとんちんかんでも何でもいいんです)をしてくれるようになる場合がある。ただこの議論があっちこっち乱反射してますます混乱状態になることが少なからずあります。

パターン4の延長線上に明るい未来がある(はず)なのですが、あまりにも時間かかりすぎ。プロジェクトマネジメント上、締切りを考えると、パターン4で議論している時間は「明らかに」ない。

っと、ここまでは愚痴。

で、モーツァルトに関する、さるエッセイを読んだ。

本来やりたい(作曲したい)音楽があるのに、生活維持のためだけの注文やサロンでのご機嫌とりをやらされて、これが彼の命を縮めたのだ。このような状況さえなければ、彼はもっと素晴らしい曲を人類に残してくれたはずなのに・・・という考えは間違いだ、というのがエッセイの主張。

「作品のほとんどは世間の愚劣な偶然な或いは不正な要求に応じ、あわただしい心労のうちに成ったものだという事である。制作とはその場その場の取引であり、予め一定の目的を定め、計画を案じ、一つの作品について熟慮専念するという様な時間は、彼の生涯には絶えて無かったのである。而も、彼は、そういうことについて一片の不平らしい言葉も遺していない。」

「不平家とは、自分自身と決して折り合わぬ人種を言うのである。不平家は、折り合わぬのは、いつも他人であり環境であると信じ込んでいるが。環境と戦い環境に打ち勝つという言葉も殆ど理解されてはいない。」

「強い精神にとっては、悪い環境も、やはり在るが儘の環境であって、そこに何一つ欠けている処も、不足しているものもありはしない。」「命の力には、外的偶然をやがて内的必然と観ずる能力が備わっているものだ。」

だそうだ。ふふん。これ高校生のときにも読んだのだが、こんなこと書いてあったっけ?
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