BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

レッスン記

ジョイントチャリティコンサート後、しばらくお休みしていたレッスン3週間ぶりにいって参りました。

コンサートに来てくださったお母様が、真っ先に玄関でお出迎え。
レッスン室でしばし歓談。こっちはもう恐縮するばかりで、お恥ずかしい限り。

「お母さんったら、音楽のこと何にもわかんないくせに、コンサートから帰ってきたとたん、リズムがすごくよかった!って生意気なこというんですよ」と師匠。

師匠には録音mp3を送っておいたので、恐る恐る感想を聞いてみると、

「出だしすごくよかったですよ。出だしが一番難しいのに、最初から雰囲気とリズム感が明快で、これ本番じゃなかなかできないんですよね。全体としては、やはり弾きこんでいた第一集の方が安定してましたね。」

いや、ミスタッチは第二集の方が少なかったと思うんだけど・・・

実は先週一週間、人前でしゃべりっぱなしだったので、喉がガラガラ。お話はこの辺にして、喉あめをなめながらレッスンを開始。

三週間あったんで、弾いてきましたよ、パルティータ2番のアルマンドと悲愴三楽章。
パルティータはこれまで一段ずつ3~4週間ペースだったのを、この三週間で無理やり三段やってきて前半通して弾けます。
悲愴も第一主題の部分両手で弾けるようにしてきました。

「まぁ、楽しみ」

と、弾いたら、先生しぶ~い表情。全然だめだそうです。(厳)

せっかく積み上げてきた弾き方がもとに戻ってしまっているので、もう一度片手でゆっくり練習からやり直してください。そんなに先を急がず、最初の1、2小節だけでいいですから。・・・だって。

で、後はまた例によって苦行のレッスン。

「あ、ほら、治ってきた。すごい、すごい。やっぱり早いですね。」
とフォローしてくださるが、混乱して何がどう治っているのかも知覚できず。

自宅でも、言われたことを意識してやっている(つもり)し、結構できている(つもり)と思ってたんだけど、ことごとく否定。結局自宅に戻って、言われたことを復習しようと思っても、何ができてなかったのかが、わからなくなっちゃうんだろうな、だって弾けてる(つもり)んだから。

この知覚ギャップの謎が解けるまでは、しばらく苦しみそうです。

ということで、帰って早速弾いてみると、不安適中。何ができていないのかがさっぱりわからん。
指先には重心がかかっているか?手首、肩は固まっていないか?こぶしの関節は出ているか?
全部できてるような気がする。

もうすっかり嫌になって、Rooさんから送っていただいたジョイントチャリティコンサートのDVDを初めて見てみる。
自分の恥ずかしい姿を見ながらの感想。

1.確かに弾き方が変わったような気がする。
2.音だけ聞くより、動画を見ながらの方が、曲の雰囲気が伝わりやすく、逆にミスが思ったほど露見しにくいような気がする。(内心、あんなにミスにあわてまくってブルブルだったのに、驚くほどシレっと弾いている自分=年の功とはこのことか?)

話題は変わりますが、前の師匠とあわせものをやることになり、それぞれ楽譜を注文。特に目標もないし、えらく難しい曲なので、かまえずのんびりやることにします。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。