BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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久しぶりに哲学書を読んだ

久しぶりに哲学書を読んだ。
「プラトン入門」今さら「入門」ってのも恥ずかしいが、まぁ世の中、新学期・新年度を迎える季節だし。

感動したのは著者の論理展開。
従来のプラトン批判に対する論点整理と、それに対する著者の考え、本来のプラトン哲学とは何か、に至る総括が鮮やか!ってこれだけじゃ何のことか分かりませんよね。

「本質を知る」あるいは「知りたいと思う気持ちって」何だろうっということの意義づけ・整理が胸のすくような展開。両者の対立をどっちが正解かという観点のみで片方を貶めるのではなく、より高次な解を求めるアプローチが素晴らしい。

いわゆるロジカルシンキングが求められることが多い仕事柄、アリストテレスのプラトン批判が非常に納得的で、これはこれで新たな発見をしたわけですが、プラトンが言いたかったのは要はロジカルだけじゃ駄目ってこと。

恋(エロス)についての整理も秀逸。いわゆるプラトニックラブという言葉はここから出ているのですが、どうも普段受け止めている内容とはかなり違うような。

恋の欲望の特質とは「善きものとしての美を求める欲望であること」「その美が自分のものであること、さらに永遠に自分のものであることを求める欲望であること」

さらにこれは「肉体的にも、精神的にも不死を目指して生産する」活動を通して実践されると。
ちょっとわかりにくいですね?
この「生産する」という意味は、永遠なるもの、不死なるものと自分を結びつけるような予感に伴われているということ。人は恋の情熱に出会ったときに初めて自分の存在を超えたものにつながるというある言い難い感覚を持つということ。

ピアノ弾きのみなさん

どんな曲を弾こうか考えるとき
どんな演奏にしようか考えるとき
ピアノに向かってさぁ弾くぞと準備するとき
目指したい音が出ずに苦悶しているとき
この曲の自分の演奏があの人に届いてほしいと思うとき
単にこの曲が弾けた!と嬉しくなったとき
結局この曲で何が言いたいんだっけと悩むとき
ある曲から受ける感覚を誰かと共有できたとき・・・

他にもいろいろあると思うのですが、こういう時に、上のような感覚にとらわれることはありませんか?この感覚は、恋愛のあの感覚と一緒だと。

なぜ自分はピアノを弾くのか?
なぜピアノ弾きのお友達は特別なのか?

ピアノを弾かない人にはわからないでしょうね。

自分の曲の指向を改めて振り返ると・・・
ほらっ凄い曲でしょ?ここ泣き所でしょ?っていうのが見え見えな曲は、あまり好きじゃないんですよ。
だからロマン派に感情移入しにくいんでしょうね。
もっと本質とか構造といったものとか、永遠に解けない謎、終わりのない(解決されない)和声とか、言わば一見無味乾燥なもの、堅苦しいもの、それでいて解決を見ない永遠性を感じるとろとろのものにエロスを感じるわけです。もしくは、逆にエロスそのものの素朴な民族ものとか。

無限のバッハ、宇宙のベートーヴェン、狂気のモーツァルト、それにラヴェルの透明な恍惚感、マーラーの眩暈などなど、「イデア」を感じさせることができる演奏をしたいと思うのですが、自分だけその気になっても、なかなか相手に伝わらないところが所詮素人の悲しさ。

この他にもアプローチしたい作曲家が何人かいるのですが、どうしてもあっちこっちのBLOGの話題とかぶるので、今日はこの辺でおしまい。
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コメント


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けいこさん

おはようございます。

フランス組曲始めるときに、けいこさんの演奏を随分参考にさせていただきましたよ。それに比べ僕の「月の光」は・・・まぁ、「よくない例」としては参考になるんでしょうか?でも聴いていただいているなんてとても嬉しいです!

アラベスクがロマン派の弾き方>ですか?それはそれで聴いてみたいですが、僕の場合は仮にロマン派弾くと、「それは古典の弾きかた、「絶対」違う」って言われそうですね。

モーツァルトは僕も同じ感覚を持つことが多いです。よく天上の音楽と言われていると思うのですが、僕は時折見せるものすごい不協和音が、見てはいけないものすごい深遠を垣間見てしまったような衝撃を受けます。そういう側面の方が好きです。(あまり綺麗とは言えないたとえですが、怪我してできた大きなかさぶたをバリバリ(痛)ってはがして見えてしまった真っ赤な傷口みたいな・・・)

けいこさんの月の光、きれいだろうな。楽しみにしています。(でも、あまり差をつけないで!)

プランタン | URL | 2008年03月28日(Fri)08:01 [EDIT]


こんばんは

プランタンさん、お久しぶりです。といっても、最近「月の光」を始めたので、何度となくプランタンさんの演奏は聞かせていただいて、私個人はあまり「おひさしぶり」に感じていないんですが。

「ロマン派に感情移入にしくい‥」には、私もそうなんです。
私の場合、もしかしたら「感情移入するのに抵抗感(気恥ずかしいとかの気持ちや、泣きたくないのに泣けないとかあまのじゃくな考え)あり」なのかもしれませんけど。

ピアノ再開してすぐのときドビュッシーの「アラベスク1番」を習って、「あなたのはロマン派の弾き方。これは違うよ」といわれ、今「月の光」でもう一度問いただしているところです。
ドビュッシーの作品、私には「アインシュタインが舌出してる写真」が浮かぶんです。「アンタが感じてるような見た目とは実は違うよ~、あっかんべー。」モーツァルトも同じように感じるとき多々あります。アイロニー。

んーっと、私、何が言いたかったんでしたっけ?
今日はこの辺でおしまい。(笑)

けいこ | URL | 2008年03月28日(Fri)01:13 [EDIT]


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