BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

ヴォカリーズ

ラフマニノフのヴォカリーズ、ようやく譜読みが終わりました。
12月から初めて、もう6カ月・・・
いくらなんでも時間かかりすぎじゃっ!

いつものように録音してみたら・・・
これまで取り組んできたどんな曲よりも、数倍デュナーミクが広いので、録音レベルの設定に苦労。
ppにあわせるとfffで音割れ。
fffにあわせるとppの部分、ちょっと前からおかしかった機器の微妙な雑音が顕在化。
それより何より、演奏自体がだるいだるい。
気持ち的には、はちゃめちゃレベルまで振りきれんばかりの悲嘆や苦悶(&自己陶酔、ラフマですから)を出すべきところ、本当にいつまでもいつまでもダラダラと昼寝を誘うような演奏ぶりに愕然。

でも演奏アップはしませんです。
譜読みが終わっただけで、これからまた仕上げるためにどんだけかかるのか?
ということと、実は8月にさる場所で演奏することになったため。

師匠は「絶対間に合わせましょうね」と言ってくれるのですが、これは裏を返せば、(ふつう、こんなペースでやったら間に合いっこない)ということだと思うわけです。

だいたい、この曲に限らず、これをやりたいって先生に伝えた時の先生の反応というのは、とても興味深いものがあります。過去の先生も含めて、時には、自然だったり、意外そうだったり、拍子抜けだったり、困惑だったり、「待ってました」だったり、とまどいだったり、いろいろあるわけです。
しかし、今回のこの曲が一番やばかった。

これまでも似たような、すなわち「無理じゃぁないの」的な反応があったとしても、仕上がるにつれ、意外にできるじゃないですかぁという結果オーライパターンでした。しかし、今回はどうも様子が違う。弾いても弾いても音がつながらない、テーマが出てこない。自分でこうやりたいと思うことがすべて裏目裏目に出る。

こんな難しい曲、やらなきゃ良かったと後悔が先立つ今日この頃。
計画どおりであれば、こんな曲やらずに、今頃モーツァルトの2、3曲は仕上がっていたのでは?
などと迷いながらの6か月。
(もっとも冷静に考えればモーツァルトだって、きっとそんなことはないでしょう。)

最初にやろうと思っていたことが、全く実現できず、遠回りして遠回りして、ようやくやりたかったこととのつながりが見えてきた感じが出てきましたが。
たとえばテンポを崩して弾きたいところ、最初にこれ持ってったら単にバタバタ暴れているだけで、もっとゆっくり弾きなさいと。
我慢しながらゆっくりゆっくり弾くこと5カ月、今度は、演奏が単調なのでもっと盛り上げなさいと。
で、ようやく最初の意図が実現できる状態となって、これからテンポ崩しに入るところです。

はたしてどうなることやら。

この記事を師匠が読んだら、どう感じるだろうか?
いやいや、この曲やりたいという時の反応は、これまでと同じくできるだけ自然にお願いしたいです。
それ自体が大事なバロメーターであり、貴重なアドバイスなので。

たとえば、

初代師匠は、よく「ふふふ」って笑ってた。笑われるんですよっ皆さん!(悔)
次の師匠は、まぁ、何というか無表情でした。表情を抑えてくれていたのか、そもそも僕という生徒の取り組みに全く興味がなかったのかいまだに不明。ちょっと現実離れした不思議空気が魅力の先生でした。(そのくせ指示は的確)
今の師匠が一番ナチュラルです。かゆいところに手が行き届く感も抜群。こういうレッスンしてほしかったんだよなぁ。全然ついてけないけど。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。