BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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30年振りにタクトを振った!(その3)

さあ、気をとりなおして、いよいよリハ開始!
30年(以上)ぶりの指揮の首尾は?(続く)

などと前回気を持たせるような終わり方をしておいて、こういうことを言うのも何ですが、よくよく冷静に考えると、大したことないんですよ。

初めての楽譜を配り、そこからメンバーと一緒に練習を重ねて曲を作り上げるパターンとは違い、今回の校歌は毎回定演でやっているOBにとっては馴染みのスタンダードナンバー。とくにテンポを揺らすような曲でもなし、最初と最後がそろって、それから途中のテンポがぶれなければ、後は指揮者なんか不要なんです。しかも、みなさんの敬愛するN先生をさしおいて、大昔のOBと名乗る正体不明のおじさんが「宙に三角形を描いている」だけですから、あのおっさんは誰だ?的な興味は湧いても指揮そのものは、言わばどうでもいい存在。

なのですが、それでも緊張しますよね。

いざ指揮棒を上げると、それにつれて皆がさっと楽器を構えます。この間の、動作に伴う空を切る音とか、楽器が何かに触れた時の音とかがたまりません。

と、指揮棒を振りだす一瞬前に(本当に30年振りに)急に思い出しました。
ピアノや弦楽器と違い、吹奏楽ですから発音前には大きな吸気が必要で(本当はピアノや弦楽器でも同じですが、これがもっと直截的ということ)、これを考えてアインザッツをそろえてあげなければいけないのだということを。

そこで、先に書いた空を切る音とかのざわつきが静まるのを待って、でも緊張感がなくならない程度の間をおいて、ちょっとかっこ悪い素人っぽい(実際素人だし)やり方なのですが、かなり大げさに1、2と振ってアウフタクトから・・・木管がいきなりの7連符(つまりオクターブのスケールアルペジオ)という拍をとりにくいパッセージから入ります。おお、そろった、そろった。後は流すだけ。

そして前に書いたきれいなきれいな前奏の2小節を、カラヤンのまねごとの左手で流れるようなジェスチャー(って、どうせ誰も見てないのでこれは単なる自己陶酔=本当はこれやっちゃいけない。指揮者はあくまで冷静にとその昔何度N先生に言われたことか・・・)

後は、フレーズの大きなまとまりを意識することと、「きめ」のトランペットのオブリガードを丁寧に。(と実際指示したわけじゃなくて、そういうことを意識して指揮しただけです。)
最後のRit.も決めて(と勝手に思う)、足がめちゃくちゃ震えて難渋したけど、一回目の通し練習終り。
正直な感想は、結構「体」って覚えてるもんだなぁってこと。僕が指揮したんじゃなくて、演奏にあわせて指揮のまねごとをしてるっていうのが正解なんでしょうが、そのまねごととしては無難だったのではないかと・・・

まぁ、こんなもんかと思い、振り返って「先生、ありがとうございました。」と言ったら、「まぁ、そう言わずもっとおやんなさいよ。」だって・・・

単に僕が生のフルバンドの音に慣れていないだけなのか、正直な感想は・・・音がうるさかった。3分間ほとんどfffで鳴りっぱなし。なんせ160人!しかも皆OBですから、音出したくて出したくてしょうがないということもあるのかもしれません。もちろん音そのものは、きれいだけど。7年間ピアノ(まさにピアノ・フォルテ)やってきた成果もちょっとは見せたいし、本当に正直にうるさいと感じたので、「(校歌というセレモニー曲とはいえ)楽譜に書いてあるとおりのデュナーミクを意識してくださいね」といかにもわかったふうのえらそうなことを口走ってしまう僕。ということで2回目の練習。ようやく足の震えがとまり、音がよく聞こえはじめます。指揮もかなり冷静に振れました。

ということで2回の通し練習で僕の出番は終了。後は観客席で、残りの曲を先生が指導するところを見学。ここでようやくTくん登場。リハーサルをBGMに昔話に花が咲くことしばし、リハの2時間は、あっという間に終了して、後は本番までお昼休みとなりました。

ここでようやく、代が近い(OB会ではシニアOBと呼ばれているらしい層です)連中と顔合わせ、うわっ懐かしすぎ!本宅サイトでちょっとだけ紹介したアルトサックスのNくんとも再会。

お昼は、ひとつ下のトロンボーンのHくんと食べようということになってレストランにいったら、いきなりひげおやじ(失礼)に「先輩!」と声をかけられた。だ、だれ?あ、あぁチューバのUくんじゃないか!

このお二人、結局音楽好きがこうじてそれぞれ高校と中学の音楽教師、しかも吹奏楽を指導しているとのこと。わが故郷は、いまや母校だけではなく、東北地方から全国大会に出られる枠3つをわが故郷の高校が独占してしまうほどの吹奏楽のメッカなんだそうだ。Hくんもその全国大会出場校の指導者(指揮者)!N先生から始まった大きな流れがこんなことになっちゃってるなんて!

そしてUくんのお子さんも我らが母校の吹奏楽に入り、今春大学へ。で今日は「本当に楽しみにしていた」定演OBの部での親子共演なんだって。

うぅっみなさん、感動しませんか?一大叙事詩みたいでしょ?

後は、音楽の話ばっかり。
「先輩、今やってる自由曲はドビュッシーのこれ」と楽譜を渡され、
「白と黒で?おお2台ピアノものじゃん」
「さすが、よく知ってますね。」
「いや、おれ高校卒業とともに吹奏楽は足を洗って、今ピアノばっか。」
「えぇっ!確かに先輩変わり身あざやかだったもんね。あの後大学受験になって・・・」
「そういえば中学時代、音楽室でみんなでインヴェンション弾きっこしたっけな。お前が僕13番好き!って言ってたの今でも覚えてるよ。」
「だぁぁ」
「今でもバッハ好き?」
「もう大好き。チューバで無伴奏チェロ吹いちゃう」
・・・(絶句)
みたいな調子で終わらない、終わらない。

って「その3」まで書いているのに、全然本番タイムが来ないですね。
ということで次回に続く。

PS
この(自称)一大叙事詩のきっかけになったと言えなくもない「指揮者の僕と部長のHくん(上のHくんとは別人)が当時の窮状にたまりかね、まったく無関係の別な学校のN先生のところに直訴して無理に指導を依頼した」と「その1」で書いた伝説の真偽について。

この日の本番後の大懇親会で、直接顔も知らない後輩も含めて大勢の人から、「この伝説本当なんですか?一体どうやってN先生ひっぱってきちゃったんですか?」って聞かれて、最初は正直に「いやいや、そんな伝説ないよ、僕覚えてないもん。」っていう度に、みんなあっけにとられたり、がっかりしたりするわけですよ。

だんだん気になってきて、後日部長のHくんにそうだったんだっけ?ってメールしたら、返信曰く。「えっ?俺は知らないよ。いきなり顧問のT先生に呼ばれて、今度他校のN先生に指導してもらうことになったと一方的に通知されたんで、てっきりお前が一人で話をつけてきたんだと30年間信じ切ってた。」だって。深まる謎・・・
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