BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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30年ぶりにタクトを振った!(その1)

この前の連休は思いもかけない急展開で、大変、貴重で素晴らしい経験をすることができました。
めったに経験することはない、濃~い内容なので、何回かにわけて書くことにします。
「事件」の3日くらい前だったと思うのですが、高校時代の2つ下の後輩のTくんから何の前触れもなしに突然の電話。
話の内容は、この連休中にわが母校の吹奏楽部とそのOBが地元のコンサートホールで3日間(!)定期演奏会を開くので来てほしいとのこと。
自分がこの高校の出身だということ、吹奏楽部だったこと、3年の時に指揮をしたことなどは、ほとんど思い出すこともなく、それこそ5年に一度くらい風の噂で母校吹奏楽部の活躍を耳にする程度でした。

本宅サイトの「私のプロフィール」でもちょっとだけ書いているのですが、僕の現役時代は本当に弱小吹奏楽部だったのに、今や全国大会金賞常連校で、今年の3日間の定期演奏会も、全国からもバスを連ねて見に来る(ライバル校の偵察含む)客も多く、1500席の大ホールが三日間ともチケット完売だそうです。

Tくんが言うに、この繁栄の礎となったのが、僕が指揮した年に初めて県代表になったことだとか。指揮者の僕と部長のHくんが当時の窮状にたまりかね、まったく無関係の別な学校のN先生のところに直訴して無理に指導を依頼した・・・らしいということになっている(=半ば伝説化?)のだそうですが、これが本当なのかどうなのか今となってはまったく記憶にありません。

その後、当のN先生が巡り巡って母校に正式に音楽教師として赴任、それからわが吹奏楽部は黄金時代を迎えるというわけです。

話を元に戻すと、このN先生が今年で定年、現役最後の定期演奏だということで、Tくんは、消息不明だった僕を高校同窓会名簿から探し出し、思い切って連絡してきたとのこと。N先生は僕にとって本当に本当に人生の師。これは行かねばと、いろいろTくんと話すうちに、2日目のOB演奏会でプログラムの最初に演奏する校歌を僕が指揮するということになりました。

ま、まぁ校歌なら何となく覚えているし、確か三拍子だったから、数分間、宙に三角形を描いていれば終わるだろうなどと安易に考えていたら、いやいや「ばんから」のやぼったい原曲のかけらもない、コンサート向けにN先生が自ら編曲したそれはそれは優雅な曲なのだとか。当日の朝からリハをやるので、来てほしいということになり、急きょかけつけたのが、このお話の始まりです。(続く)
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