BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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サロンコンサート

本日は、前回のヴォカリーズの記事で触れた「発表の場」についてご紹介です。

ペンネさんこと「荒井ピアノ教室」(通称)主催の同窓会サロンコンサート in TOKYOに参加させていただくことになりました。

日時:2010年8月1日(日)午後2時半開演
場所:Karura Hall 東京都世田谷区経堂3-16-12

ご案内はこちら

案内をどう逆立ちして読んでも参加資格がない僕ですが、ペンネさんのご好意に甘えて無謀にも人前演奏をさせていただくことになりました。
席に限りがあるので、僕の演奏はともかくとして(汗)興味がある方は当BLOG宛にコメントいただくか、管理人宛メールもしくはペンネさん宛直接メール(案内に記載)をください。

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ヴォカリーズ

ラフマニノフのヴォカリーズ、ようやく譜読みが終わりました。
12月から初めて、もう6カ月・・・
いくらなんでも時間かかりすぎじゃっ!

いつものように録音してみたら・・・
これまで取り組んできたどんな曲よりも、数倍デュナーミクが広いので、録音レベルの設定に苦労。
ppにあわせるとfffで音割れ。
fffにあわせるとppの部分、ちょっと前からおかしかった機器の微妙な雑音が顕在化。
それより何より、演奏自体がだるいだるい。
気持ち的には、はちゃめちゃレベルまで振りきれんばかりの悲嘆や苦悶(&自己陶酔、ラフマですから)を出すべきところ、本当にいつまでもいつまでもダラダラと昼寝を誘うような演奏ぶりに愕然。

でも演奏アップはしませんです。
譜読みが終わっただけで、これからまた仕上げるためにどんだけかかるのか?
ということと、実は8月にさる場所で演奏することになったため。

師匠は「絶対間に合わせましょうね」と言ってくれるのですが、これは裏を返せば、(ふつう、こんなペースでやったら間に合いっこない)ということだと思うわけです。

だいたい、この曲に限らず、これをやりたいって先生に伝えた時の先生の反応というのは、とても興味深いものがあります。過去の先生も含めて、時には、自然だったり、意外そうだったり、拍子抜けだったり、困惑だったり、「待ってました」だったり、とまどいだったり、いろいろあるわけです。
しかし、今回のこの曲が一番やばかった。

これまでも似たような、すなわち「無理じゃぁないの」的な反応があったとしても、仕上がるにつれ、意外にできるじゃないですかぁという結果オーライパターンでした。しかし、今回はどうも様子が違う。弾いても弾いても音がつながらない、テーマが出てこない。自分でこうやりたいと思うことがすべて裏目裏目に出る。

こんな難しい曲、やらなきゃ良かったと後悔が先立つ今日この頃。
計画どおりであれば、こんな曲やらずに、今頃モーツァルトの2、3曲は仕上がっていたのでは?
などと迷いながらの6か月。
(もっとも冷静に考えればモーツァルトだって、きっとそんなことはないでしょう。)

最初にやろうと思っていたことが、全く実現できず、遠回りして遠回りして、ようやくやりたかったこととのつながりが見えてきた感じが出てきましたが。
たとえばテンポを崩して弾きたいところ、最初にこれ持ってったら単にバタバタ暴れているだけで、もっとゆっくり弾きなさいと。
我慢しながらゆっくりゆっくり弾くこと5カ月、今度は、演奏が単調なのでもっと盛り上げなさいと。
で、ようやく最初の意図が実現できる状態となって、これからテンポ崩しに入るところです。

はたしてどうなることやら。

この記事を師匠が読んだら、どう感じるだろうか?
いやいや、この曲やりたいという時の反応は、これまでと同じくできるだけ自然にお願いしたいです。
それ自体が大事なバロメーターであり、貴重なアドバイスなので。

たとえば、

初代師匠は、よく「ふふふ」って笑ってた。笑われるんですよっ皆さん!(悔)
次の師匠は、まぁ、何というか無表情でした。表情を抑えてくれていたのか、そもそも僕という生徒の取り組みに全く興味がなかったのかいまだに不明。ちょっと現実離れした不思議空気が魅力の先生でした。(そのくせ指示は的確)
今の師匠が一番ナチュラルです。かゆいところに手が行き届く感も抜群。こういうレッスンしてほしかったんだよなぁ。全然ついてけないけど。

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30年振りにタクトを振った(その7)

指揮を続けるとともに、次々と表れるテーマごとに、当時のメンバーを思い出します。
今日この場にいるのはその内のほんの数名。その他の40名近くは今いずこ・・・

ピッコロ、ちょっと丸顔で小柄の彼は無口だったけど演奏は着実だったな。
ホルン、一つ下のNくん。ちょっと割れた感じの音でフォルテを鳴らす様は圧巻、ブルックナーあたりが似合いそうな音でした。全くの余談だけど、こいつ小学校の時、車がカーブする内側の角に立って、この車の内輪差で近づく後輪にどれだけ近くまで足を出せるかってばかな遊びをやってたら、本当に足の指先を轢かれちゃったっていう本当にばかな奴。
クラリネット、飄々としたキャラで独特な存在感を持っていたSくん、ほらぁ聴いてくれぇという押し出しの強いタイプではなかったが、ピリッとしたソロがとっても好ましかった。
ユーホニウムのNくん。分厚い眼鏡をかけた謹厳実直な彼。そのキャラに似合わず、それはそれは甘い音でみんなをメロメロにした彼。按摩が得意でN先生の肩をよくもんであげて、別な意味で先生をメロメロにしてました。
んんん、書ききれん。

と、ここに書いた人々は今この会場にはいない。

書ききれん一方で、実は名前を忘れている人もいっぱいいる。今回も「先輩!覚えてますか。××のパートやってた○○です。」と声をかけてくれて、大変失礼ながらどうしても思い出せない人も。人どころか7回に分けて書いたさまざまなエピソードもおそらく事実誤認がいくつかあるかもしれない。

そして演奏している人の大半は、その後を継ぎ、今の繁栄を築き上げた直接顔も知らない猛者(含む淑女)ども。

そんなこんなの思いがめちゃくちゃに交叉し、ただただテンポだけはぶらさないようにと気をつけ、でもかっこよく決めるとこだけはしっかり指揮でかっこつけ(笑)、パーカッションおよび事務局のやつらは舞台のはじっこで、手に手に何でもいいから音が出るものを持ち出してきて、完全に踊り出してます。

演奏してる何人かはすでに泣いてるぞ。
こら、泣く曲じゃないだろうがっ!泣くなってばっ!指揮者は冷静じゃなきゃいけないんだからっ!

そして絶対終わってほしくない最後が・・・
だめだぁ終わらないでくれぇ!
この曲は、全音符のクレシェンドの後、単純な四分音符で締めくくられるのですが、その全音符をためるためる(終わりたくないから)、そして最後の一発・・・
フェルマータもないので、バァンと叩いてすぐ音を納めなければいけないところ、終わりたくないというスケベ根性と、ただ単に音を納める動作を忘れていたのとで、ちょっと長めにひっぱっちゃった後、だれ気味ながら、気を取り直して最終音を締めくくる。

感無量なまま、振りかえって会場のどこかにいる先生に「ありがとうございました。」と一言言うのが精いっぱい。

やがてマイクが持ち出されて、先生からごあいさつ。

「何がどういうことになってんだか、全然状況をつかんでいないんだけど、あ、ありがとう。ややピッチに問題あったけど(会場から笑)、いい演奏でした。定年後どうするかまだ何も考えていないし・・・・・(以下、略)。最後になかなか言いにくいんだけど、こんなに長い間吹奏楽漬けの生活を送って、一番苦労をかけた妻にありがとうと言いたい。・・・」

いつもクールなN先生らしからず、涙声入ってました(たぶん)。そんな感動のひと時があって、あっそうだ(これも30年振りに)思い出した。確か高校3年の時か、卒業してから大学1年になりたての頃か、新婚のN先生宅に一人招待されて奥様の手料理をいただいたことがあった。高台から眼下の港を一望できる素晴らしいお住まいだったのと、海老チリがおいしかったのを思い出します。そんなんで奥様にあいさつしなければと近づいたら、もう奥様号泣!まったく話しかけられる状況じゃなかったので断念。確か奥様はN先生と同じ音大のピアノ科(記憶に間違いなければ)。これを機に、そのうち指導していただけないかとの期待もちょっとあり・・・

まぁ、こんな調子で、この後は、わいわいがやがや、写真撮影が延々と続きます。
最初はOBOGだけ。いや、ちょっとその前に男子校時代のOBだけで撮ろうよとN先生の発案で、おっさん連中が大喜び。「あ、ってことはすぐ一年下から共学っていう、かわいそうな『最後の男子だけ学年』って代がいるわけだ」と独り言をいったら、「先輩、それ僕たちなんですぅ」って偶然にもすぐ前にいた3人組が暗い顔して言うもんだから大爆笑。でも笑ったのは僕だけで、この3人組、全然笑ってない。本当につらかったんでしょう。

後は夜の大懇親会。160人が集まるどんちゃか騒ぎの中。話しかけられた中で多かった話題は、

・伝説の真偽について(前にも書いたとおり、記憶がなくて申し訳ない)
・僕の話を随分聞かされていて、初めて会えて嬉しかったこと、(ただのおっさんですみませんでしたね)
・今ただのサラリーマンやってるって話したら、驚かれて、音楽専門の仕事をしてると思いました(って嬉しいこと言ってくれるじゃないの。関係ないけどピアノ仲間でも「プランタン主婦(夫)説」ってのが一部まことしやかに。=ホントは仕事なんかしてなくて一日中ピアノ弾いてんじゃないかって意味。あ~ら、今日はいいお天気、ピアノ弾く前にお洗濯しとこう、なんて)それはそうと、何で音楽専門の仕事をしてるのかと思ったのかって聞いたら指揮の仕方もそうだけど、先生へ捧げたディスコキッドの前に、「今度は(校歌の時と違って)アナウンスがかぶるってことは絶対ないから、演奏やり直しはないよ」って、皆を笑わせて、その勢いで振りむいて先生にあいさつして、また振りかえってさっと演奏を始めたところが絶対プロだと思ったんだって。
・それにしても指揮が上手!30年ぶりとは思えませんってか、これはお世辞9割としても、代々のガクシキ(学生の指揮者のこと)は全員N先生のコピーになっちゃっててそれが面白い。僕がその典型だって。(これも素直に嬉しいです。代々のガクシキの中で僕が一番、N先生から指揮を定期的にかつ長期間習った→K音大仕込みっ!はずと信じています。あまり根拠ないけど。)

後は、もう音楽の話ばっか。
Tくんに聞いたら、大変ありがたいことに全国大会に出るたびに寄付をいただくので、もう買うべき楽器はほとんどないそうです。確かに吹奏楽のくせに(笑)ハープまであったぞ(しかも2台)。これは誰がやるのかって聞いたら、パーカッションパートだそうで、担当の女の子がわざわざ呼ばれてハープ談義。どうやって半音を出すのかとかいろいろ聞き出して勉強になりました。

それから今大学に通っているという女の子が、お父さんが僕の一つ下の代だそうで、名前とパートを聞いたら、ホルンのS。いたぞ、そんな奴が・・・へぇ、その娘さんがこちら・・・微妙な感慨を持ちつつ、次の話題に。

誰ぞピアノやってるって人いないかな?いたいた。クラリネットパート出身、今、音大の中では超厳しいことで有名なT音大に通ってるって。先生にどやされるどころか、そんなんじゃ全然だめっ帰れってドアまで(本当に文字通り)突き飛ばされることさえあるそうな(恐)。ドビュッシーが好きだということで意気投合したつもりになったけど、弾いてる曲のレベルが全然違う。僕は直近では「しかも月は廃寺に落ちる」、彼女は「喜びの島」。当たり前だけどね。でもピアノの話をし出すとみんなひいちゃう。ちょっとジャンル違いすぎか?T音大、自宅からも近いのでいずれ通いたいってわけのわからん妄想を持っていましたが、これで崩壊。いまの僕のピアノの師匠もほぼ同じことを言ってましたから(あんなとこ行ったら、最初の一音を出そうとするだけで恐怖で身がすくんじゃいますよ)、本当なんでしょうね。

と、あちこちで一気飲みやらなんやら、もうほとんど学生のコンパ状態。

OBがどんちゃん騒ぎしている最中も実は翌日の現役定演のリハをやっていた(!)N先生が、遅れて会場に到着。
相変わらずモテモテで、女子大生連中が写メ撮って、撮ってと回りに集まる。
そこを無理やり「僕もっ」と割り込み、いやがる先生と二人でツーショットの写真をとる。(宝物だけど、ちょっとここにはアップできない)

それから、素晴らしいソロを披露してもらった現役プロのみなさん(恐れ多くて後輩とは書けない)ともお話ができました。皆共通してるのはね、すごく謙虚ってことです。前に書いたバストロンボーンの第一人者。最初に見出したのはUくんだそうで、トロンボーンではなく、バストロンボーンの「くちびる」を持っている人種ってのがあって、彼がまさにそうだと。高校の頃N響の人に引き合わせたら、大学なんて行かなくていいからN響入れって言われたんだって。で結局G大を首席!で卒業後、数々の賞を総なめしてN響へ。本当はこんなこと書いちゃいけないのかもしれないけど、おそらく関係者は誰も気がつかないと思うので・・・

シニアOBが集まる小部屋に戻り、N先生も交えてちょっとしんみり系の話を。
先生は、わが高校の出身ではないし、所詮よそ者だからと、何十年も中心的存在で、もはやN先生ぬきでわが吹奏楽部を語ることはできないのに、この謙虚さ!
(まぁ確かにI高であらずんば人にあらずという風潮がないわけではなく、地元では人と会うとどちらの高校か?と聞かずにI高出身であることを前提に何回卒か?ときく習慣があるらしい。まったく腹立たしいけど)

また吹奏楽指導も、結構大変らしく、最近ではモンスターペアレントや理解のない校長先生やらで苦労が多いという話も。先生同士の人間関係も結構微妙で、優秀な指導者だから諸手をあげて歓迎してくれるというわけでもないらしく。

どこへ行っても人生は大変です。
ま、先日のカンファレンス(いきなり仕事の話)でも、さる国の政府高官に対し、ある金融機関の幹部がそんなことまで金融機関にやらせるなんて規制過剰もいいとこじゃないかってかみつく場面があり、それを諭すかのように当の高官は政府が何をしてくれるかとか、何を義務化するのか、じゃなくてそんな政府があってもなくても、あんたらがどういうリスクをとっているのかをわかってなきゃいけないんだよ。と、で最後に一言「Yes, life is hard indeed.」って。本当だよね。

で、また別な後輩に声をかけられる。「先輩、今大学X年なんです。」
「何学部?」
「理学部です。」
「頭いいんだね。将来何になるの?」
「数学の先生になって、絶対うちの高校に戻ってきて吹奏楽指揮したいんです。数学の先生でもそんなことできるでしょうか?」
「おうよ、できるとも。音楽は数学が基本だからね。がんばれよ。」

結局N先生と二人きりで話す時間もなく、例の伝説の真偽は今回確かめられませんでした。
何か、最後は締まらない話題をだらだら書いてしまいましたが、こんな感じで怒涛の一日を過ごしたという次第。

前にも書いたとおり、3日間の演奏は8月頃にCDが全国発売されるとのことです。(絶対買う!)
でも、先生に捧げたみんなのディスコキッドは録音も撮影もされなかったので、文字どおり幻の演奏です。
いろいろな人の苦労の上に、たまたま居合わせた僕がたまたま指揮をさせてもらっただけですけれども、自分が本当に生きてきたんだって思える数少ない貴重な体験でした。

先に帰ってしまった母親に聞いてほしかった気もしますが、ことの成行きが急だったし、しょうがないと割り切るしかないか。

最後に、拍手コメントを書いてくださった皆様、とってもうれしい言葉の数々、ありがとうございました。

おしまい。

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30年振りにタクトを振った(その6)

演奏会の後、母親がN先生にあいさつしたいというので、舞台裏に連れて行った。
そしたら何せ160人+裏方さんでごった返し。先生が見つからない。
あちこちうろついている内に、まわりでこんな会話が・・・

「みんな、最後にサプライズでN先生に演奏を捧げます。またステージに集まってください。」
「えっ?何やるの」
「・・・何にしようか」
「だめじゃん」(笑)

わっはっはっ

あっ!ってことはここにはN先生いないわけね。
そうこうするうちに見かけたHくん、Nくん等を母親に紹介。
母親も一人ひとりおぼえていて会話が弾みます。
いまや全国大会出場高の指揮者であるH「先生」に向かって、久しぶりねHくん元気?
って相手は高校生じゃなくてもう先生なんだから!

結局N先生には会えずじまいで、母親は帰宅。
しかしOBとは言っても世代の差は歴然。
おそらく多くが女子大生か就職数年目までの世代と思われます。
あまり気軽に声をかけられる雰囲気じゃ・・・

とTくんが僕のところに、
「いやあ、お疲れさまでした」
と呑気にあいさつする僕を制して、
「先輩さっきの聞きました?」
「何?」
「ディスコキッドしかないでしょう」
「あ、そう?・・・かもね」
とやりとりの後、どうやら写真撮影があるらしいということで僕は会場が落ち着くまで観客席に退散。

で、またTくんと事務局の若者が僕のところにやってきた。
「ディスコキッドやりますから先輩振ってくださいっ」
「先生は今楽屋で休んでいるので、それまでに全員集合かけますから。でもリハの時間はないっすよね」
「は、はい~っ?」こ、これは心中穏やかではありません。

三々五々メンバーもステージに集まり、Tくんが楽器を準備し始めるメンバーに向かって、改めてディスコキッドを必ず定演のアンコールで演奏する由来や今日校歌を振った僕がその時の指揮者だったことについて説明します。
「へぇそうだったんですかぁ」
「これ、課題曲だったんだぁ」
などともっともなざわめきが続く中、事務局の若者が
「先輩、リハは無理でもピッチあわせないと。I-II-Iのカデンツやってください。」
なんでそんな専門用語で無理強いするかなぁ。実はこの若者、校歌の段取りのときも、「最初はカチで入ってください」(これは暗いうちからステージに入っていることを言うらしい)っていうもんだからなんだかわからなくなって。まぁ、この先輩何にもわかってないなと思われたのか、彼がさっさとカデンツを指揮。
後は余興で、曲の途中の合の手を入れるところで、全員がN先生のファーストネームを叫ぶということに決定、これの練習。
すっかり出来上がったところで、ハイっとタクトを渡される僕。(そんなに仕切れるんだったら君がやった方が自然じゃないか?という思いと、いやいやそうはいっても振ってみたいという気持ちが相半ば)

ところで、今日のアンコール演奏、実はテンポはかなり遅めだったんですよねぇ。
この曲はもう少し速く演奏するのが一般的ですが、僕はちょっと遅めの方が独特のグルーブ感が出るので好きです。
でもそれにしても少~し遅いかな?って感じ。
実は現役の頃も市大会では遅めで振ったら、メンバーから遅いって言われて、県大会では通常のテンポで演奏したという経緯が。
で、出だしのソロを務めるピッコロくん(おっ珍しく男の子だ)に声をかけた。
「テンポ、さっきのアンコールの時くらいでいい?本当はもっと速い?」
「あんなもんでいいです。でも(遠慮がちに)ちょっとだけ速くてもいいかも」
「了解」

後は、演奏を聴いていてちょっといじりたいと思った箇所が3つほどありましたが、そんな権限もひまもなし。
どきどきしながら待っていると、さっきの若者から「N先生が見えたので、始めてください」と指示。
ほの暗い観客席のどこにいらっしゃるかわからない(最近眼鏡がないと遠くが見えない・・・のに意地で眼鏡をかけていない)。定演後の観客席には、結局現役生(みんなあどけなくて可愛い。でもこの生徒たちが全国一のハイレベルなんだと。1日目の現役定演を聴いたN君は「圧倒された」「どこまでうまくなるんだ」と感想を述べていた。)と事務局関係者がいるのみ。まばらな観客席に向かって、何と言ったか覚えていませんが、要は

・ディスコキッドを毎年アンコール演奏していただいて大変感激している。
・OB一同大変大変お世話になりました。
・僭越ながら、感謝の意を込めてディスコキッドをN先生に捧げます。

等ということを一同になりかわり、しどろもどろに話して、演奏開始。

まぁ、指揮というより指揮台で踊りまくった(笑)というのが正解でしょう。
スコアは見なくても、意外や意外けっこう覚えてました。
(唯一のミスは例のYou are my sunshineで転調するところを頭の中でとばしちゃったくらい。演奏はちゃんと勝手に進みます。もちろん。)

これも苦手のアウフタクトからの開始ですが、ドラムのハイハットが入るだけなので、気楽に始められます。

と、気がついたら、ここまで随分書いてしまったので、残りは次回(おそらく最終回)に。

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