BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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ベートーヴェン中毒症状

ベートーヴェンのピアノソナタ

今回の一連のベートーヴェンへの取組みはソナタアルバム第一巻の「地味な」曲なので、意気込みが今ひとつ・・・何て以前に失言してしまったことがありました。

弾いてみたら、ハマる、ハマる。

ベートーヴェン、聴いただけだとパッセージが単純だったり、しつこかったり、そういう風に聴こえてしまって、「それがどーしたの?」的な印象を持ったことありませんか?(えっない?)

たとえて言うなら、頭が良くなる話題の○○法とかいって本を買ったらCDがついていて、これを一晩聞きながら寝ると効果覿面と書いてある。じゃ早速聴いてみようと思ったら「一足す一は二!」を延々とナレーターが繰り返し話しているだけだった、そこで「そんなの当たり前じゃーん」とひとりつっこみ、みたいな。(例としてはどうかと思うのですが、何となくわかりません?わからないか・・・)

ところが、一旦弾き込むと、改めてその良さに気づきます。

関連して色々な書籍を読んでも面白い。ついでに過去に購入したCDの解説も改めて読むと面白い。

ピアノソナタ全集は、ブレンデルとバックハウス両方持っていて、普段はブレンデルを手にとることが多いです。バックハウスの演奏は何となく艶がないような気がして、そそられるものがあまりなかったのです。

しかしながら、弾きこんだ後に、ものは試しと聴いてみると、いきなりバックハウスの演奏が輝きだした。
まず捉え方が大きい!しかも俺はこう捉えたんだっという主張が自然な形できちんと出ている。
それから、ストイックながらも歌心満載。
外面ではなく、内側から、音そのものから染み出てくるような調べ。
(こういうのを「飽きが来ない」っていうんでしょうね。この歌心今まで気づかずにいたとは迂闊な・・・)

ま、残念なのは、僕の演奏がちっともうまくならないことです。徒労感と焦燥感がいや増す今日この頃。

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臨界点

最近とみに好きな(&弾いてみたい)ピアノ曲が増えてきた。
潜伏期間を過ぎ大増殖中のウィルスのような速度で。

だいたい自分の性向はわかっていたつもりだったのですが、それは自分が弾けそうな曲を無意識に選んでいたような。逆に言えば、弾けなさそうな曲は、弾けなさそうとは意識せずに、「けっただ速く弾きゃいいってもんじゃないだろう。そういう技術をひけらかすことを目的にするような曲は嫌いだ。写実的なだけの曲は薄っぺらい」・・・なんて片付けていたわけです。

それがですねぇ、改めてCD聴いたり、楽譜眺めたりするうちに、どうも全てが魅力的に見えてきて、もはや収拾がつきません。

ベートーヴェンの後のロシアものは3曲と決めていたのですが、さらに3曲ほど弾きたい曲が増えた。
ロマン派も3人の作曲家が、俺のも「まぜろ」と強要するかのように、4曲ほどねじこんできた。フランツめ、ヨハネスめ、ロベルトめ!

で、あわてて速弾きの練習などを急にやってみたりするわけです。泥縄で。以前に、恐ろしくピアノのお上手なお友達に速弾きの効用を説かれたことを思い出しました。愚サイトにアップしている僕の演奏を聴いてくれての感想をメールで送っていただいて(僕が、いろいろ悩んでいることを相談しての回答として)、抜粋すると

音楽へのこだわりが感じられる。
表現力がある。
相手に聴かせたいところがはっきりとわかる。
ひとつひとつの音を考えて弾いて細部にまで神経を使っている。
特にバルトークとバッハとドビュッシーが良かった。
きっと、習っている先生がものすごくよい先生に違いない。

と言っていただいて、お世辞としても、とにかく嬉しかった。天にも昇る気持ちだった。(脳内に快感成分充満)

で、後は「速弾き練習」だけだと。

「速い動きに対応できるテクニックを磨いてほしい」との御託宣。で、そのための練習法までアドバイスいただいて。要は、これだけ曲もアップしていて時間の使い方が下手ではなさそうだから、ちょっとだけでもハノンの時間を増やすことくらいできませんか?できるでしょ?やってみれば?やりなさいよ!(あ、ここまでは言っていませんでした。)ということであった。(ここにもハノンの神様が!)

ピアノレッスン開始後、かれこれ5年目となりましたが、ベートーヴェンを前にちょっと壁にぶちあたった感あり。いろいろな面で焦りが出てきました。

あれ?本日は、最初に書きたかったことと結論が異なってしまった。

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人がいない!  とはもう言わない

今、何が悩みか?

人手が足りないです。
量的にも質的にも。

頭数足りなきゃ、長時間労働になるのは当たり前。
後は仕事をお断りするか。
ただこれだけの話。

頭数は一応そろっていても、期待通りにワークしない。
こっちの方が頭痛いです。

頭くるのは「できません」と言われること。

パターン1
「じゃあ、いい(怒)」と僕が全部やってしまって、「できないことはない」っと後で理解させる方法。
これ、本人にはいい気分しないだろうし、結局僕だけがスキルアップするので、ベストの方法ではないです。ただこれが一番手っ取り早い。ある意味人間が持つルサンチマン的な面を活用するというのか、こういう状況だとやたら早くできるんですよね。(平たく言うと、「まったくもうっ!」って気分がエネルギー源になるってこと)

パターン2
「じゃあ、いい(怒)。僕がやる。」というと、慌てて「いや、そういう意味じゃなくて・・・わかりました。もう少し考えて見ます。」
これは、パターン1の発展系。結局考え抜いて「できない」と判断したから「できません」と言ったわけではないことに気づいてくれたという一つの発展段階。でも、結局時間かかるし、何より頭痛いのは、結果的に、「発展段階」というには程遠いケースがあるということ。つまり、本気で考えてくれているのではなく、ただ僕に怒られるのが嫌で、その局面を逃れたいという理由だけで単に持ち帰ってしまう場合が(少なからず)ある。何で衝突を嫌がるんだろうね。結局ほっとけばもっと大きな衝突や問題が起きるのがわかってるのに。

パターン3
「じゃ、一緒に考えようか」ってんで、ホワイトボードにあれこれ書き始めて・・・これが一番よさそうだと思うでしょ?ところがですね。結局これパターン1に近いことが多いんですよ。僕があれこれ考えてホワイトボードに書いてくでしょ、試行錯誤しながら。でできるまで(一応うなずいたりはしてくれますが)何の発言もせず、じっと待っていて、完成したところで、その結果のみノートに書き写して、それを単にパワーポイントに落としてくるだけ・・・(悲)

パターン4
これはパターン3の発展形態で、少しは議論(最初はとんちんかんでも何でもいいんです)をしてくれるようになる場合がある。ただこの議論があっちこっち乱反射してますます混乱状態になることが少なからずあります。

パターン4の延長線上に明るい未来がある(はず)なのですが、あまりにも時間かかりすぎ。プロジェクトマネジメント上、締切りを考えると、パターン4で議論している時間は「明らかに」ない。

っと、ここまでは愚痴。

で、モーツァルトに関する、さるエッセイを読んだ。

本来やりたい(作曲したい)音楽があるのに、生活維持のためだけの注文やサロンでのご機嫌とりをやらされて、これが彼の命を縮めたのだ。このような状況さえなければ、彼はもっと素晴らしい曲を人類に残してくれたはずなのに・・・という考えは間違いだ、というのがエッセイの主張。

「作品のほとんどは世間の愚劣な偶然な或いは不正な要求に応じ、あわただしい心労のうちに成ったものだという事である。制作とはその場その場の取引であり、予め一定の目的を定め、計画を案じ、一つの作品について熟慮専念するという様な時間は、彼の生涯には絶えて無かったのである。而も、彼は、そういうことについて一片の不平らしい言葉も遺していない。」

「不平家とは、自分自身と決して折り合わぬ人種を言うのである。不平家は、折り合わぬのは、いつも他人であり環境であると信じ込んでいるが。環境と戦い環境に打ち勝つという言葉も殆ど理解されてはいない。」

「強い精神にとっては、悪い環境も、やはり在るが儘の環境であって、そこに何一つ欠けている処も、不足しているものもありはしない。」「命の力には、外的偶然をやがて内的必然と観ずる能力が備わっているものだ。」

だそうだ。ふふん。これ高校生のときにも読んだのだが、こんなこと書いてあったっけ?

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人前講演

先日人前講演の機会がありました。(ピアノではありません。当たり前)

出席者は100人程度で、1時間+質疑応答。
何でも昭和25年から毎週続けているギネスものの「例会」だそうで、これまでの講師を拝見すると、日銀総裁やら女性の閣僚経験者やらものすごい人たち・・・

当日の朝、起きていつものテレビ番組で、いつもの時間にやっている「今日の占い」

「今日最悪なのは、ごめんなさ~い。うお座のあ・な・た」

がび~ん。いつもはこんなの気にしないのですが、今日という日に限って。。。しかも無視しようと思えば思うほど、解説が耳に入ってくる。

「今日、ここ一番の大舞台で大失敗

がび~ん(笑)。

「でも、そんなあなたも大丈夫!今日のラッキーアイテムは・・・」

ここで家族が話しかける。

えっ何々?ラッキーアイテム聞き逃したじゃないかっ(怒)

出だしから雲行きが悪く不安は増幅。
朝オフィスによってから昼前に会場に着く。

控え室でゆっくり準備できるのかなと思ったら、主催者側の理事長やら何やら何人ものおじさんと名刺交換してお話しをさせられる羽目に。僕ダメなんですよ、天気の話とか、今日の株式市場とか、サブプライム問題とか、その類のどうでもいい世間話するの。

心を落ち着ける間もなく、いざ会場へ。

これ以上詳細を書くのはやめますが(面が割れる?)、結果的には無難におさめて終了。
質疑も活発で、主催者も御満悦の様子。よかったよかった。
(ただ、終わった後、急に咳き込んで、いまだに喉が痛いし、微熱もずっと続いている。かぜ菌をもらってしまったか?)

で、何が言いたいのかというと、じゃピアノはちょっとした練習会でもなぜ緊張して失敗するのか?
ということ。

場数の問題、度胸の問題、何かいいおまじないとか?そもそもピアノの技術レベルの問題?

まだちゃんとした発表会に出たことさえないのに、今からこんな状態でどーする。
考えただけで、足ががくがく震えてきた。

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レッスン記(4/21)  -逆切れ 転じて 無駄の効用-

■ハノン 50番 3度をレガートに弾く方法
相変わらず、片手重音がまったくダメ状態。
16分音符一個分をテンポ60(すなわち4分音符のテンポで15!-プププ-)の蝿が止まってもおかしくないような速度でも、ばらばらっとずれまくる。

重症だ・・・

「指の先を硬くして」

これ昔から何度も言われ続けている「おけいこ定番アドバイス」だと思うのですが、実は全然納得していない言葉です。

言われたまま意識すると、硬くなるのはむしろ手首だったり、肩だったり。
で、結局その言葉の意味するところがわからず、何も改善せず、の繰り返し。

業を煮やした先生が「指の根元の方に意識がありませんか?」

お、確かに弾こうと思って脳から出た指示がその指に届くのは指の根元にあるような。でそこを中継して、その後で無意識に指先が動くからその分遅くなると。確かに弱い指ほどそれが顕著。

ということは「硬くして」は「指先を意識する」とか「指先の触感を研ぎすまして」と言い換えるといいのかも。

一瞬、ひらめいたがまだ指が目覚めず。ひとまずもやもやのままハノンはおしまい。(また出直してこいと・・・)

■フランス組曲 一番 ジーグ
本日が初お披露目。
一週間で40%まで弾けるようにしてきました。
というより、たった一拍分の左手トリルだけやってきました。(55%の確率でこけずに、かつごまかさずに弾けるようになってきた!)弾いてみると、32分音符2つを前打音とした強拍の部分がまさにハノンでやった重音!このアインザッツが決まると、本当にかっこいいのですが、相変わらずハノン同様、ぐしゃぐしゃっとした汚いばらばらの重音。相変わらず僕を振り向いてくれないこの曲。

先生の第一声「そこのトリル、前の2つの32分音符と分けてアクセントをつけて弾いてください。」

だぁぁぁぁっ!

ここで切れた。このトリルここまで弾けるようになるまで何時間かけたかわかってんのか、あんた!
小学校で、ようやくそろばんの使い方がわかってきて喜んでいる子供に、微分方程式を解けっていってるようなもんじゃないのかっそれは!

もう、やめた、やめた!

とばかりに、しばし先生と馬鹿話。

結局指先とか脱力とかの話となり、ここで先ほど頭に浮かびかかった良いイメージが一つの具象体となって頭の中に表れた。

それは「生物」

形は「一本の指」

指の先に「目」がある。

この動物。知覚できるのはこの「目」のみ。しかも動くのもこの「目」が最初。
「目」で知覚して「目」から動くから、その間の時間差は・・・「ない」

こ、これだっ!

■ベートーヴェン Op.79 第一楽章
本日が2回目。
展開部の終わりまで。

左手の伴奏がどうしてもばらばらになるところあり。(これも重音部分。)
前の小節が終わったところで、一旦切ったら(手を離したら)どうかと言われ、やってみたら、これが効果覿面!

それから右手の早いパッセージ、3つ続くゼクエンツでどうしても走る部分が一箇所。
これも、そこだけ無理やり遅くして弾く練習をしたらどうかと言われ、やってみたら、これも効果覿面!

わずか30分のレッスン。いつもは話が脱線しかかるのを無理やり制して弾きまくっていたのですが、今日は「逆切れ」によるレッスン中断が功を奏し、いろいろ話ができた結果、かなり実りが多かったような。

帰ってから、自分の指を例の「謎の生物」に見立てて弾いてみると、結構いい感じです。目覚めたか?(って、こういう「目覚め」は単に気のせいだったりすることも多いので、一喜一憂せずに、半信半疑で取組む予定)

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散財

Op79。出口どころか入口段階でウロウロしているのに、次のOp14のためにシュナーベル版上巻、および解釈本(これも三部作)上巻を購入。予定としてはこれだけだったのに、いろいろ物色するとまた読みたい本や楽譜が見つかったりしますよね。で、もう一冊追加購入。努めて楽譜は買わないようにしているのですが、最近箍がはずれた感あり。部屋の片づけをせねば。

散財ついでにフランス組曲のCDを一枚。

高校生の頃は、なけなしのおこづかいで、ショタ5とか春の祭典とか5、6枚買いこんで何度も聴き比べていたっけ。俺はムラビンスキがいいとか、いやいやオーマンディだとか友人と熱く語り合ったものです。本当幸せな日々でした。レコード聴きつぶす程度でろくな勉強もしていないのに芸大指揮科行きたいなんて考えてたこと自体「幸せ」(おめでたいとも言う)。

ただピアノを開始してからというもの、同じ曲を2枚、3枚と聴き比べるほどの時間もエネルギーも割けないので、よほどのことがなければ1枚限り。フランス組曲はすでにシフを持っていますが、ジーグでちょっと気になるところがあり、今回は珍しくもう一枚追加購入を決意。

実は、楽譜どおりに弾くと、ちょっとリズムの流れが悪くなるところを発見。ジーグらしい「弾み」がいきなりアルマンド風になってしまうような・・・

そこで、改めてシフ版を聴くと、楽譜どおりに弾いていない!
というわけで他の演奏で確認したくなった次第。

選んだのはチェンバロもの。一応これが決定版といわれているらしいのを選んだのですが、聴いてみると結構退屈。もともとフランス組曲の一番は「無愛想」なところがあると指摘されていて、確かに積極的に聴こうとしないと耳に入ってこないかも。取組んだアルマンド、サラバンドと聴き進めてもあまりピンとこないまま、お目当てのジーグ。3曲ともテンポはシフに比べてかなり遅め。注目の箇所は、やっぱり楽譜どおりに弾いていない。しかもシフとはまた違った弾き方。

う~ん、選んだ2枚のサンプリングが悪いのか、弾き方を変えるのが一般的なのか、はたまたそもそも持っている楽譜がおかしいのか、結局謎と悩みは深まるばかり。これ以上散財する気にならず、一応の結論は、

・弾き方はシフを踏襲する。
・テンポは、シフほど速くする必要はない。

で、チェンバロ演奏。2番以降は見違えるほど素晴らしい演奏でした。ピアノと違ってチェンバロは単音が具体的できれいなのでゆっくり弾いてもきらびやかだし、ドラマを感じます。2番3番のアルマンド、5番のジーグなんてほんと天上の響きでした。結局1番だけが、なぜか今ひとつ。

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トリる? Yes! Tril, thril, thriller.

どうも今までそうじゃないかと恐れていたものが、ちょうど取組んでいる2曲双方で顕在化しております。

トリル!

ちゃんと弾けないです。
フランス組曲1番ジーグの左手。
ベートーヴェンOp79一楽章の右手。

装飾音なんて、これまで適当にすましていたのですが、今回の二曲はともにトリルが重要な位置づけになっていて(特にジーグ)、きちんと弾かないと曲自体の魅力が失われる。これまでの「なんちゃって弾き」では看過できない。

で、脱力をことさら意識してみたり(何を今さら)、ゆっくり練習を何度も何度もやったり(得意の電車移動中パタパタはもちろん)。

大抵の難所は2日~10日くらいで一応のレベルはクリアできてきた(あるいはできなくとも曲の流れから言って無視できた)のですが、今回はクリアできそうな手ごたえが、まったくありません。

仕事でもピアノでも、あるいはそれ以外のことでも、「その日できなくとも、念じて寝れば翌日はできていることが多い」すなわち「自分の脳みそを信じる派」なのですが、今回はどうでしょうかね。この「自分の脳みそを信じる」こつはですね、その日できるところまで、最後までがんばらない、というところだと思っています。そうすると、「脳みそ」くんが、悔しがるわけですよ、無意識下で。で寝ている間に、勝手に眠らずにがんばってくれる。この法則は14年前くらいに発見。(ま、幻想にすぎないかもしれませんが)

話題をもとに戻すと、いずれのトリルもたった一拍分、一秒足らずの出来事。何週間かかろうとも、じっくりやるか、それともいつもどおり何ちゃって弾きで(汚いまま)流してしまうか。・・・二週間後、何だかんだ言ってできてんじゃん。ということにならないかなぁ。

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レッスン記(4/14)

4/14のレッスン

■ハノン50番「3度をレガートに弾く方法」
これ何度やっても脱力できません。指を落とすようにと何度も言われるのに、気がつくと首の根っこから肩、肘、手首、指先まで鋼鉄のようにガッチガチ。(お前はロダンの彫刻か?)
案の定、途中で筋肉がだるーくなって、80%ほど経過したところで、ほとんど打鍵できず。ガス欠になった車のように、のろのろとスピードが遅くなり・・・ストップ&ため息。
片手重音がそろわないのも先生のお気に召さず、厳しい指導。前途多難。

自宅練習時とピアノレッスン時のギャップに悩んだ時期がありましたが、ここ1、2年はすっかり忘れていました。なので、こんなにひどいのは本当久しぶり。

■フランス組曲1番サラバンド
本日初お披露目。
ハノンで筋肉が凝り固まってしまったのか、メロディが浮かび上がらず、装飾音もことごとくこけ、無残な姿に。リピートさえしなければ短い曲なので、いつもの片手攻撃を何度か受けた後、4回目の演奏でようやく平常時に復帰、何とかOKをもらいました。先生もあまり重要な曲と考えていない風。(先生だけじゃなく、一般的にそのようです。)いや、そういう曲こそ先生を振り向かせて「装飾音ちゃんと考えて綺麗に弾けましたね。これよく聴くといい曲なんですよね。」とか何とか、そういったお言葉を引き出そうと狙っていたのですが無残に玉砕。(OKもらったからいいかというレベルではありません。OKはいただいておきますが、もちろん)

で、ハノンの動揺が続いた状態で、ベートーヴェンへ。

■ベートーヴェン ピアノソナタOp.79 第一楽章
これも本日初お披露目。提示部と展開部の半分まで。
流れるようなスピードが命のこの曲。ハノンショックが尾を引いて、普段こけたことのないところでつまづき、2小節弾いては最初から弾き直し、今度は3小節目でこけて弾き直し、また2小節目でこけるという散々な出来。ようやくヨロヨロと綱渡り状態で当初予定していた箇所までたどりつきましたが、拍子感の全くないパッセージ(裏拍の親指、中指があばれまくり、ド下手なジャズのような・・・)やら、左右ばらばらのリズム感(まるでストラビンスキーの変拍子のような・・・)やら、本当恥ずかしい、消え去りたい。こういう状態になったときの復帰方法って何かないですかね?そもそも原因がわからない。思い当たるのは

・最初のハノンのつまづき(でも、じゃ何でハノンがつまづいたのかが不明)
・直前に1時間も重いかばん持ったまま立ち読み(昨日の記事参照)して筋肉が硬くなった
・さらにシュナーベルの楽譜を買ってレッスン直前まで熟読していたので、レッスンで使ったいつもの楽譜との違和感が影響した
・先週末の練習会で受けたダメージ(あくまで個人的なものですが)が無意識に継続していた

くらいかな。

あらら、気がつけば随分と愚痴りまくりの記事ですねぇ。

少しは明るい話題を、ということでフランス組曲は本日のOKをもって残り一曲となりました。
最終取組み曲は1番のジーグ。これ、難しいです。いつも難しい、難しいって言っているような気がしますが、いや本当一段と難しい。(笑)どう難しいかというと・・・これも愚痴になりそうなので、今日はここまで。

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学究肌

ベートーヴェンソナタ

一応耳学問だけはきちんとしようと(何せ「聖書」ですから!)、ネットで、詳しい方にうかがって概略の相場観を持った後、楽譜売り場へ直行。

Op79
「難しいところは一切排除しました。簡単なソナタとかソナチネとか、そんな感じのタイトルをつけておいてください。他のソナタのように難しくて弾けないというような苦情はないはずです。」by作曲者自身

ぐはぁ。

確かにねぇ、オフ会とか練習会に行くたびに、自分の下手さ加減にめちゃ落ち込むのですが、自分がひぃひぃ言ってるこの曲がねぇ。(この前の練習会の帰りなんか、ものすごく落ちこんで、ハイリゲンシュタットの遺書もびっくりの記事を書いたのですが、あまりにも暗くていじけてて、掲載しないままお蔵入り。はぁ、憧れと自虐と・・・尊敬と征服の挫折と・・・→もうこれだけで暗さ加減がわかるでしょ?)

あ、話をもとに戻すと、この出典はツェルニーの解釈本。本題のソナタ解釈の部分、おもしろくなかったので(もちろんためにはなりますが、読んでわくわくしないと駄目な性質なんです。)購入はせず。ただし、上記のような逸話は面白かったので、書簡集のところのみ(80ページくらい)店頭で読破。(超迷惑)

で、別な本を手に。

Op79
あまり注目されないし、弾きたいと思われることのない曲だが、モーツァルト晩年にK545があるように、これはベートーヴェン晩年の傑作と言って良い。この簡潔さの中の宇宙は、分かる人には分かるが、分からない人(特にプロを目指す若者)には分からないだろう。

ふっふっふっ(そうでしょう。そうでしょう。)

曲の構造は簡単でとりたてて「解釈すべき要素」は少ないが、一つ注意する点は、3度あらわれるテーマの伴奏が微妙に異なる

って、あれぇ!!!僕の楽譜異なってないんですが・・・

あれこれ楽譜と解釈本を読みくらべるうちに、どうも二種類あるらしいことに気がついた。

微妙に異なるバージョン版ではそれがきちんとコメントしてある。しかも、これが単純なミスと断じて全て同一のものにしている改変が見られるが、これをミスと考える神経が分からない。とまで書いてある。

一方、同一バージョンものは、これはミスだから直したということが一切書いていない。

で、前者を選ぶべきでしょうな。

え、じゃ今使ってるテキストはどうなる?

悩みに悩んで、解釈本を二冊、それから楽譜は・・・迷いに迷う。

ぺダリング
注釈
見易さ(めくりやすさ)
運指
原典とそうでないところが明示されているか

などなどの評価基準を考えると、結局一長一短。

5、6冊あったものを2冊まで絞込み。ここから全く決めきれず脂汗状態。

最終的な結論はシュナーベルに。

見易さ(めくりやすさ)は最悪(笑)。だってページ数は今の倍ですよ、倍。たった8小節で一ページおしまい!

だけれど、ベートーヴェンは弾いているうちに覚えてしまう(少なくとも今のOp79やソナチネに入っていたのはそうだった。今後はわからないが・・・)のでそれは問題なかろうと。

それから、もともと使っていた版で、クレッシェンドの後のp指定。いろいろ解釈があるよな?どうすんだろ、きっとこうかな?と自信がないながらも決めていた弾き方。

シュナーベル版は一言Subitoと書いてあります。(嬉)

やっぱりそうだよな、アルトゥール!俺もそうだと思ってたんだよ。(急に気が大きくなる)

この勝手意気投合が決め手で決定。

しかし、シュナーベル版と解釈本のうちの一つはいずれも三部作。今回はOp79が含まれる下巻のみそれぞれ買いましたが、結局後4冊も買わなくては。しかも一冊がひっじょーに高価。(涙)

ペンネさん!
貴重なご意見ありがとうございました。
この場を借りてお礼を申し上げます。

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CDに保存

データバックアップのために直近一年くらいの演奏データをCDに焼いた。

1.「夢」 ドビュッシー

「子供の領分」 ドビュッシー から
2.グラドゥスアドパルナッスム博士
3.雪が踊っている
4.ゴリウォーグのケークウォーク

「ベルガマスク組曲」 ドビュッシー から
5.プレリュード
6.月の光

7.「亡き王女のためのパヴァーヌ」 ラヴェル

「スペイン組曲」 アルベニス から
8.アストゥリアス(伝説)

「交響曲第五番」 マーラー から
9.「第四楽章 アダージェット」

10.「ピアノソナタ ホ長調 K380」 スカルラッティ
11.「ピアノソナタ ロ短調 K27」 スカルラッティ
12.「ピアノソナタ ホ長調 K380 チェンバロ・バージョン」 スカルラッティ

全12曲で59分。
いつもだと、バックアップとったらさっさと本棚の奥にしまいこむのだが、リビングルームに持っていっておやつタイムに流し聴きしてみた。

ダメだヘタだ失敗した、と思っていても後から聴くと結構いい感じだったりすることありますよねってピアノ仲間で話題になるが・・・駄目なものはどう転んでも駄目(笑)。

ソナチネとか、アンナマグダレーナとか、バックアップCDは7~8枚くらいあるのだが、「曲」自体はどんどん難しくなってきているけれども、「演奏」は相変わらずの力み・走り・こけまくりの爆笑もの。

クラシック聴いたことないけど興味あるとかねがね言っていた友人が4月に誕生日が来るはずなので、誰の演奏と言わずにプレゼントして、反応を見てみようかと、ほとんど「いい迷惑」な目論見というより「悪戯心」にとりつかれる。

いやいや、その人本当はクラシック好きになるはずだったのに、ここで邪魔をしてしまっていいものか?そんな権利お前にあるのか???(ここでBGMは「運命の力 序曲」byベルディ!)

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倦怠期

あれほど激務続きで「時間がない」「ピアノ弾けない」と愚痴るわりには、なんだかんだと完了曲もあり、ブログ記事も更新。結局脳細胞が活性化するんでしょうかね。

ようやく時間に余裕が出てくる兆しが見えてきたのですが、こうなればこうなったで今度はブログ記事のアイディアが急に出てこなくなるし、ピアノ弾こうって気持ちが一向に強くならないのはなぜ???

とりあえず弾き始めても、すぐ集中力がなくなる・・・

どうしてこのような様々な知的(?)活動は平準化できないのでしょうか。
早や五月病か?

知的興奮に飢えているのは明らかなのですが、それを満たしてくれる対象物がない。読みたいって本もなかなかないし。

唯一食欲だけが旺盛。もともと痩せの大食いなのに、ここのところ食べても食べてもすぐお腹が空く。あっという間に。さて今日は何食べようか?

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とんちんかんな人々

変な夢を見た。

あるクライアントから、妙な依頼。
この度、子会社を設立することになった。
この新規設立会社は、今までの親会社のような渋い業界ではなく、あっと驚くような全く無関係のド派手な世界。マーケットもプロダクトもチャネルもテクノロジーもまったく正反対。(じゃなぜ設立するの?というのはわかりません。夢の世界ですから。)
この会社の認知度アップを図るために、世界的に注目を浴びているボクシング(夢の中ではこういう設定)のタイトルマッチのスポンサーをやりたい。

このプロジェクトは極秘裏に進めること、かつ強烈なサプライズ・インパクトを世に問うこと。

ただし、これまでの親会社を見てもわかるとおり、こういうイベントものを企画したことも想像したこともないので何から手をつけてよいのかまったくわからない。

プロジェクト支援してほしい。

(注)僕は実世界においては、決してこの類のイベントプランナーでもなければよろず相談屋でもありません。普通のサラリーマンです。こんなクライアントも知らなければ、こんな依頼を受けることもありません。念のため。(ちょっと海外出張とか深夜残業とかが多いくらいが変わったところ)

で、夢の中の僕。「わかりました。やりましょう。」(驚)

次に僕がとった行動、知り合いを大きなカンファレンスルームに集めた。
夢の中で集まった知り合いは、実世界には存在しない架空の人たち。

そのうち一人が僕の意を受けて司会を申し出てくれて趣旨説明。その後、各自(夢の中ではいろいろな領域での専門家ということになっている)が挙手して指名されたらコメントするという趣向。

まず一人目は男性。

「こういうのは、ボクサーが大事。XXX(ボクサー名)はルックスはいいがスタミナはない。個人的にはAAAAがお勧め。で相手は・・・・」

だから、違うんだよ!お前がボクシング好きだってのはわかるのだが、プランニングがテーマだからそういう話はいいの!(ってか、それ自体は悪くないかもしれない。大好きだからこの仕事をやるってのはもちろん「あり」だけど、それだけじゃ「仕事」にならないでしょってこと。)まずはイベント企画会社の選定とか財務計画とか行政法律上の問題チェックとか情報管理とかそういうことから話を・・・一生懸命両腕をX字に交差させて「ダメ出し」をするのだが、司会者も発表者当人も気づかず。司会者なんか本当面白そうに発表内容に聞き入る始末。目を輝かせて。(こいつはK-1のファン・・・ということになっている)

しゃべり続ける男性。「88年のコロンビアでやった誰それと何某とのマッチはすごかった・・・・・あ、そうそうそのときタレントの○○も来ててね。意気投合して、それからよく一緒に飲みに行くんだよ。いいだろ。紹介してほしいってんなら、いつでも引き合わせてあげるよ・・・・」

司会者は、「おれ紹介してくれ」っと言わんばかりの表情!
天を仰いで十字を切る僕(現実世界ではクリスチャンじゃないのに。ウチは曹洞宗です・・・だったかな。たぶん。)

次は大人しそうな女の子。

「あの、こういうイベントでも今は環境が大事だと思うんです。みなさん、シーシェパードのことは嫌いですか?彼らはやっていることは乱暴だけど、本当に本当に地球を愛しているんです。大量消費型の日本社会を改める機会にしませんか。このイベントを。」

大人しそうだったのに、今や眉間にしわを寄せて金切り声状態に!BGMはもちろん「夜の女王のアリア」(殴)

はぁぁぁぁ。(いかれ帽子屋のティーパーティに招かれたアリスの気分)

お前らプロだろ!何しに来たんだっとは言えないので、

「もう一度今回集まってもらった目的について説明させてくれっ」

と言った途端、僕の言い方に怒気が含まれているのを察してか、半分ほどどやどやっと帰りだす。

「あれ、もう帰っちゃうの?でもみんな忙しいもんな。なのに来てくれてありがとうね。」と言ったら、みんな笑ってくれて場の空気が少し和らいだ。

でも、雰囲気的に本来の会議を続ける感じではないのは明らかで、後は三々五々帰るやつは帰る、飲みに行くやつは行く。で、がやがやしている中、ひげを生やしたダンディなおじさん(現FRB議長みたいな風貌)が近づいてくる。どうも僕の親友という設定らしい。

「よぉ」と片手をあげ、もう一方の片手はポケットに手を突っ込んだまま。
カーキ色のダブルのスーツ。
アメリカ人の仲のいい者同士がやるような感じで異常に近づいてきて、人差し指を僕の胸に当てて

「お前も大変だな。同情するぜ。」

お、わかってくれてるのか?(でもこの「親友」ちょっとしぐさが仰々しい)

様子をうかがうと、このおじさん僕だけを見てるのではなく、視線は常に回りを飛び交う。そして一層近づいてきて耳元で囁く。

「で、お前、いくらもらったんだ。それとも新規公開株でももらえんのか?誰が裏にからんでるんだ?えっ?」

Oh, my God! このおっさん、傍から見れば僕と親友であることを誇示し、親身になって相談してあげているふりをゼスチャーで示し、それを周りがそのとおり認めているかどうかチェックしてやがる。で、話す内容はdisgusting!!!

そこで、僕は、今度は相手の耳元で囁いた。
傍から見たら、いつもの仲のいい二人がいつもの内緒話してるって感じを壊さないように。
"Get the fXXX out! Get out of my sight!"

しかし、よくもまぁ自分の脳みそがここまでとっぴな設定を考え出したのかと思うとまことに興味深い。ちょっとシニカルすぎて善意とか愛が感じられませんし、台詞とか、振り付けがなぜかアメリカーンで鼻につきます・・・が、でも自分自身の独善さも含めた全体のとんちんかんさが、なかなかよろしい。議論がかみあっていない度合いが妙にリアル。

実際、仕事上の問題として、なぜとんちんかんな方向に議論が行きがちなのかに真剣に興味あるんです。ここさえコントロールできれば皆ハッピーなんですがねぇ。で、こんな夢を見たというわけか?

まあ、できもしないことを安請負して、知り合いに安易に頼んで勝手に怒っている僕が一番とんちんかんですよね。この夢の場合。冷静に考えて。

(ぼく自身がとんちんかんでは?という疑問を忘れないこと。これがこの夢の教訓。)

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ピアノレッスン(4/7)

今週のピアノレッスン

■ハノン49番
両手一回、片手一回ずつ、さらに片手で一つの音だけアクセントをつけてもう一回。これが結構大変。漫然と弾くのではなく、こういう練習が大事ってことですよね。OKいただきました。

■フランス組曲一番アルマンド
前にも書きましたが、先生のスタジオのピアノはソフトペダルを踏むと異常に音がこもります。メロディとしてよく弾く右手の中高音域の音質・音量の減衰が特に顕著。布団をかぶせて弾いているみたいな状態に・・・で、どうしても力が入る。力が入るとこの曲の魅力である装飾音やアルペジオがずたずたに寸断されます。と、ピアノの所為にするのはよくないですよね。はっきり言って自分の練習不足です。先生の指示はいつものように片手攻め、さらに片手二声の部分を一方を強調して、もう一度他方を強調して弾かされる。この攻め方、弱いところもろ見えで効き目抜群。(って普通こういう練習してるのかな、みんな)「メロディが綺麗に聴こえてますよ。OKです。」

■マーラー「アダージェット」
最後のffあるいはfff。どうしてもクリアな音が出ず。指を鍵盤から離して自然落下(何かの本に死体が落下するように弾く!って書いてありました。)させるのか、鍵盤に触れた状態から踏み込むのか質問したら、あまりそういうことは意識しなくてよいとの答え。少なくともあまり上から叩き落すのは絶対「変」だと。「最初はあまりメロディを歌い込まずに抑え気味に弾いてください。それから左手のアルペジオ、なるべくでこぼこにならないように。でも、この曲の難しい構造をよく理解して弾いてますね。大変綺麗に仕上がりました。」花丸!

という訳で、本日は全勝!個人的にも、おまけ的花丸はなかったと自負。アルマンドだけはもう少し完成度あげたいのでしばらく弾きます。本宅サイトでも書きましたが、自分の中でもバッハ歴の一つの到達点と位置づけているので。

今日も7分ほど時間オーバーでレッスンを終了。今週も次の生徒さん欠席だったのかと早合点して、終了後、先生と談笑。「あの、ずっと変な曲ばっかりで先生困らせていたので・・・」先生、爆笑。(やっぱり困ってたんだ!)「次からベートーヴェンソナタ持ってきます。」と、先生の目がきら~ん。先生はかつてウィーン留学経験あり。先生個人としては、ベートーヴェンみたいなドイツ系のがっちりした曲がお好みだとか。だけど指が細くて力もなく(先生談)何度やっても思い通りにならず、先生の先生からは、ドビュッシーの方が合ってると言われ今でもショックだったとのこと。で、以来「本当はベートーヴェンをジャジャーンと弾いてみたい」コンプレクスなのだそう。

確かにドビュッシーの時の指導はものすごく的確だったと思うし、雑談しててもショパンなんて全く話題にならず。先生と作曲家の好み近いのかも。ピアノの上においてある譜面はブラームスのヴァイオリンソナタでした。

確かに先生の風貌(女子中高生と友達感覚で付き合えちゃうような、でも独特の雰囲気を持つ綺麗な先生です。)、発想、考え方、ドイツ系ってのわかります。じゃ、がんばりま~す!ってにこにことスタジオを出たら、メガネをかけたおじさんがこっちを睨んで仁王立ち。あ、次の生徒さん・・・

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