BLOG「プランタンのクラシック・ピアノ挑戦」

大人になって再開したピアノ、こんなに「はまる」とは・・・

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30年振りにタクトを振った(その7)

指揮を続けるとともに、次々と表れるテーマごとに、当時のメンバーを思い出します。
今日この場にいるのはその内のほんの数名。その他の40名近くは今いずこ・・・

ピッコロ、ちょっと丸顔で小柄の彼は無口だったけど演奏は着実だったな。
ホルン、一つ下のNくん。ちょっと割れた感じの音でフォルテを鳴らす様は圧巻、ブルックナーあたりが似合いそうな音でした。全くの余談だけど、こいつ小学校の時、車がカーブする内側の角に立って、この車の内輪差で近づく後輪にどれだけ近くまで足を出せるかってばかな遊びをやってたら、本当に足の指先を轢かれちゃったっていう本当にばかな奴。
クラリネット、飄々としたキャラで独特な存在感を持っていたSくん、ほらぁ聴いてくれぇという押し出しの強いタイプではなかったが、ピリッとしたソロがとっても好ましかった。
ユーホニウムのNくん。分厚い眼鏡をかけた謹厳実直な彼。そのキャラに似合わず、それはそれは甘い音でみんなをメロメロにした彼。按摩が得意でN先生の肩をよくもんであげて、別な意味で先生をメロメロにしてました。
んんん、書ききれん。

と、ここに書いた人々は今この会場にはいない。

書ききれん一方で、実は名前を忘れている人もいっぱいいる。今回も「先輩!覚えてますか。××のパートやってた○○です。」と声をかけてくれて、大変失礼ながらどうしても思い出せない人も。人どころか7回に分けて書いたさまざまなエピソードもおそらく事実誤認がいくつかあるかもしれない。

そして演奏している人の大半は、その後を継ぎ、今の繁栄を築き上げた直接顔も知らない猛者(含む淑女)ども。

そんなこんなの思いがめちゃくちゃに交叉し、ただただテンポだけはぶらさないようにと気をつけ、でもかっこよく決めるとこだけはしっかり指揮でかっこつけ(笑)、パーカッションおよび事務局のやつらは舞台のはじっこで、手に手に何でもいいから音が出るものを持ち出してきて、完全に踊り出してます。

演奏してる何人かはすでに泣いてるぞ。
こら、泣く曲じゃないだろうがっ!泣くなってばっ!指揮者は冷静じゃなきゃいけないんだからっ!

そして絶対終わってほしくない最後が・・・
だめだぁ終わらないでくれぇ!
この曲は、全音符のクレシェンドの後、単純な四分音符で締めくくられるのですが、その全音符をためるためる(終わりたくないから)、そして最後の一発・・・
フェルマータもないので、バァンと叩いてすぐ音を納めなければいけないところ、終わりたくないというスケベ根性と、ただ単に音を納める動作を忘れていたのとで、ちょっと長めにひっぱっちゃった後、だれ気味ながら、気を取り直して最終音を締めくくる。

感無量なまま、振りかえって会場のどこかにいる先生に「ありがとうございました。」と一言言うのが精いっぱい。

やがてマイクが持ち出されて、先生からごあいさつ。

「何がどういうことになってんだか、全然状況をつかんでいないんだけど、あ、ありがとう。ややピッチに問題あったけど(会場から笑)、いい演奏でした。定年後どうするかまだ何も考えていないし・・・・・(以下、略)。最後になかなか言いにくいんだけど、こんなに長い間吹奏楽漬けの生活を送って、一番苦労をかけた妻にありがとうと言いたい。・・・」

いつもクールなN先生らしからず、涙声入ってました(たぶん)。そんな感動のひと時があって、あっそうだ(これも30年振りに)思い出した。確か高校3年の時か、卒業してから大学1年になりたての頃か、新婚のN先生宅に一人招待されて奥様の手料理をいただいたことがあった。高台から眼下の港を一望できる素晴らしいお住まいだったのと、海老チリがおいしかったのを思い出します。そんなんで奥様にあいさつしなければと近づいたら、もう奥様号泣!まったく話しかけられる状況じゃなかったので断念。確か奥様はN先生と同じ音大のピアノ科(記憶に間違いなければ)。これを機に、そのうち指導していただけないかとの期待もちょっとあり・・・

まぁ、こんな調子で、この後は、わいわいがやがや、写真撮影が延々と続きます。
最初はOBOGだけ。いや、ちょっとその前に男子校時代のOBだけで撮ろうよとN先生の発案で、おっさん連中が大喜び。「あ、ってことはすぐ一年下から共学っていう、かわいそうな『最後の男子だけ学年』って代がいるわけだ」と独り言をいったら、「先輩、それ僕たちなんですぅ」って偶然にもすぐ前にいた3人組が暗い顔して言うもんだから大爆笑。でも笑ったのは僕だけで、この3人組、全然笑ってない。本当につらかったんでしょう。

後は夜の大懇親会。160人が集まるどんちゃか騒ぎの中。話しかけられた中で多かった話題は、

・伝説の真偽について(前にも書いたとおり、記憶がなくて申し訳ない)
・僕の話を随分聞かされていて、初めて会えて嬉しかったこと、(ただのおっさんですみませんでしたね)
・今ただのサラリーマンやってるって話したら、驚かれて、音楽専門の仕事をしてると思いました(って嬉しいこと言ってくれるじゃないの。関係ないけどピアノ仲間でも「プランタン主婦(夫)説」ってのが一部まことしやかに。=ホントは仕事なんかしてなくて一日中ピアノ弾いてんじゃないかって意味。あ~ら、今日はいいお天気、ピアノ弾く前にお洗濯しとこう、なんて)それはそうと、何で音楽専門の仕事をしてるのかと思ったのかって聞いたら指揮の仕方もそうだけど、先生へ捧げたディスコキッドの前に、「今度は(校歌の時と違って)アナウンスがかぶるってことは絶対ないから、演奏やり直しはないよ」って、皆を笑わせて、その勢いで振りむいて先生にあいさつして、また振りかえってさっと演奏を始めたところが絶対プロだと思ったんだって。
・それにしても指揮が上手!30年ぶりとは思えませんってか、これはお世辞9割としても、代々のガクシキ(学生の指揮者のこと)は全員N先生のコピーになっちゃっててそれが面白い。僕がその典型だって。(これも素直に嬉しいです。代々のガクシキの中で僕が一番、N先生から指揮を定期的にかつ長期間習った→K音大仕込みっ!はずと信じています。あまり根拠ないけど。)

後は、もう音楽の話ばっか。
Tくんに聞いたら、大変ありがたいことに全国大会に出るたびに寄付をいただくので、もう買うべき楽器はほとんどないそうです。確かに吹奏楽のくせに(笑)ハープまであったぞ(しかも2台)。これは誰がやるのかって聞いたら、パーカッションパートだそうで、担当の女の子がわざわざ呼ばれてハープ談義。どうやって半音を出すのかとかいろいろ聞き出して勉強になりました。

それから今大学に通っているという女の子が、お父さんが僕の一つ下の代だそうで、名前とパートを聞いたら、ホルンのS。いたぞ、そんな奴が・・・へぇ、その娘さんがこちら・・・微妙な感慨を持ちつつ、次の話題に。

誰ぞピアノやってるって人いないかな?いたいた。クラリネットパート出身、今、音大の中では超厳しいことで有名なT音大に通ってるって。先生にどやされるどころか、そんなんじゃ全然だめっ帰れってドアまで(本当に文字通り)突き飛ばされることさえあるそうな(恐)。ドビュッシーが好きだということで意気投合したつもりになったけど、弾いてる曲のレベルが全然違う。僕は直近では「しかも月は廃寺に落ちる」、彼女は「喜びの島」。当たり前だけどね。でもピアノの話をし出すとみんなひいちゃう。ちょっとジャンル違いすぎか?T音大、自宅からも近いのでいずれ通いたいってわけのわからん妄想を持っていましたが、これで崩壊。いまの僕のピアノの師匠もほぼ同じことを言ってましたから(あんなとこ行ったら、最初の一音を出そうとするだけで恐怖で身がすくんじゃいますよ)、本当なんでしょうね。

と、あちこちで一気飲みやらなんやら、もうほとんど学生のコンパ状態。

OBがどんちゃん騒ぎしている最中も実は翌日の現役定演のリハをやっていた(!)N先生が、遅れて会場に到着。
相変わらずモテモテで、女子大生連中が写メ撮って、撮ってと回りに集まる。
そこを無理やり「僕もっ」と割り込み、いやがる先生と二人でツーショットの写真をとる。(宝物だけど、ちょっとここにはアップできない)

それから、素晴らしいソロを披露してもらった現役プロのみなさん(恐れ多くて後輩とは書けない)ともお話ができました。皆共通してるのはね、すごく謙虚ってことです。前に書いたバストロンボーンの第一人者。最初に見出したのはUくんだそうで、トロンボーンではなく、バストロンボーンの「くちびる」を持っている人種ってのがあって、彼がまさにそうだと。高校の頃N響の人に引き合わせたら、大学なんて行かなくていいからN響入れって言われたんだって。で結局G大を首席!で卒業後、数々の賞を総なめしてN響へ。本当はこんなこと書いちゃいけないのかもしれないけど、おそらく関係者は誰も気がつかないと思うので・・・

シニアOBが集まる小部屋に戻り、N先生も交えてちょっとしんみり系の話を。
先生は、わが高校の出身ではないし、所詮よそ者だからと、何十年も中心的存在で、もはやN先生ぬきでわが吹奏楽部を語ることはできないのに、この謙虚さ!
(まぁ確かにI高であらずんば人にあらずという風潮がないわけではなく、地元では人と会うとどちらの高校か?と聞かずにI高出身であることを前提に何回卒か?ときく習慣があるらしい。まったく腹立たしいけど)

また吹奏楽指導も、結構大変らしく、最近ではモンスターペアレントや理解のない校長先生やらで苦労が多いという話も。先生同士の人間関係も結構微妙で、優秀な指導者だから諸手をあげて歓迎してくれるというわけでもないらしく。

どこへ行っても人生は大変です。
ま、先日のカンファレンス(いきなり仕事の話)でも、さる国の政府高官に対し、ある金融機関の幹部がそんなことまで金融機関にやらせるなんて規制過剰もいいとこじゃないかってかみつく場面があり、それを諭すかのように当の高官は政府が何をしてくれるかとか、何を義務化するのか、じゃなくてそんな政府があってもなくても、あんたらがどういうリスクをとっているのかをわかってなきゃいけないんだよ。と、で最後に一言「Yes, life is hard indeed.」って。本当だよね。

で、また別な後輩に声をかけられる。「先輩、今大学X年なんです。」
「何学部?」
「理学部です。」
「頭いいんだね。将来何になるの?」
「数学の先生になって、絶対うちの高校に戻ってきて吹奏楽指揮したいんです。数学の先生でもそんなことできるでしょうか?」
「おうよ、できるとも。音楽は数学が基本だからね。がんばれよ。」

結局N先生と二人きりで話す時間もなく、例の伝説の真偽は今回確かめられませんでした。
何か、最後は締まらない話題をだらだら書いてしまいましたが、こんな感じで怒涛の一日を過ごしたという次第。

前にも書いたとおり、3日間の演奏は8月頃にCDが全国発売されるとのことです。(絶対買う!)
でも、先生に捧げたみんなのディスコキッドは録音も撮影もされなかったので、文字どおり幻の演奏です。
いろいろな人の苦労の上に、たまたま居合わせた僕がたまたま指揮をさせてもらっただけですけれども、自分が本当に生きてきたんだって思える数少ない貴重な体験でした。

先に帰ってしまった母親に聞いてほしかった気もしますが、ことの成行きが急だったし、しょうがないと割り切るしかないか。

最後に、拍手コメントを書いてくださった皆様、とってもうれしい言葉の数々、ありがとうございました。

おしまい。

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30年振りにタクトを振った(その6)

演奏会の後、母親がN先生にあいさつしたいというので、舞台裏に連れて行った。
そしたら何せ160人+裏方さんでごった返し。先生が見つからない。
あちこちうろついている内に、まわりでこんな会話が・・・

「みんな、最後にサプライズでN先生に演奏を捧げます。またステージに集まってください。」
「えっ?何やるの」
「・・・何にしようか」
「だめじゃん」(笑)

わっはっはっ

あっ!ってことはここにはN先生いないわけね。
そうこうするうちに見かけたHくん、Nくん等を母親に紹介。
母親も一人ひとりおぼえていて会話が弾みます。
いまや全国大会出場高の指揮者であるH「先生」に向かって、久しぶりねHくん元気?
って相手は高校生じゃなくてもう先生なんだから!

結局N先生には会えずじまいで、母親は帰宅。
しかしOBとは言っても世代の差は歴然。
おそらく多くが女子大生か就職数年目までの世代と思われます。
あまり気軽に声をかけられる雰囲気じゃ・・・

とTくんが僕のところに、
「いやあ、お疲れさまでした」
と呑気にあいさつする僕を制して、
「先輩さっきの聞きました?」
「何?」
「ディスコキッドしかないでしょう」
「あ、そう?・・・かもね」
とやりとりの後、どうやら写真撮影があるらしいということで僕は会場が落ち着くまで観客席に退散。

で、またTくんと事務局の若者が僕のところにやってきた。
「ディスコキッドやりますから先輩振ってくださいっ」
「先生は今楽屋で休んでいるので、それまでに全員集合かけますから。でもリハの時間はないっすよね」
「は、はい~っ?」こ、これは心中穏やかではありません。

三々五々メンバーもステージに集まり、Tくんが楽器を準備し始めるメンバーに向かって、改めてディスコキッドを必ず定演のアンコールで演奏する由来や今日校歌を振った僕がその時の指揮者だったことについて説明します。
「へぇそうだったんですかぁ」
「これ、課題曲だったんだぁ」
などともっともなざわめきが続く中、事務局の若者が
「先輩、リハは無理でもピッチあわせないと。I-II-Iのカデンツやってください。」
なんでそんな専門用語で無理強いするかなぁ。実はこの若者、校歌の段取りのときも、「最初はカチで入ってください」(これは暗いうちからステージに入っていることを言うらしい)っていうもんだからなんだかわからなくなって。まぁ、この先輩何にもわかってないなと思われたのか、彼がさっさとカデンツを指揮。
後は余興で、曲の途中の合の手を入れるところで、全員がN先生のファーストネームを叫ぶということに決定、これの練習。
すっかり出来上がったところで、ハイっとタクトを渡される僕。(そんなに仕切れるんだったら君がやった方が自然じゃないか?という思いと、いやいやそうはいっても振ってみたいという気持ちが相半ば)

ところで、今日のアンコール演奏、実はテンポはかなり遅めだったんですよねぇ。
この曲はもう少し速く演奏するのが一般的ですが、僕はちょっと遅めの方が独特のグルーブ感が出るので好きです。
でもそれにしても少~し遅いかな?って感じ。
実は現役の頃も市大会では遅めで振ったら、メンバーから遅いって言われて、県大会では通常のテンポで演奏したという経緯が。
で、出だしのソロを務めるピッコロくん(おっ珍しく男の子だ)に声をかけた。
「テンポ、さっきのアンコールの時くらいでいい?本当はもっと速い?」
「あんなもんでいいです。でも(遠慮がちに)ちょっとだけ速くてもいいかも」
「了解」

後は、演奏を聴いていてちょっといじりたいと思った箇所が3つほどありましたが、そんな権限もひまもなし。
どきどきしながら待っていると、さっきの若者から「N先生が見えたので、始めてください」と指示。
ほの暗い観客席のどこにいらっしゃるかわからない(最近眼鏡がないと遠くが見えない・・・のに意地で眼鏡をかけていない)。定演後の観客席には、結局現役生(みんなあどけなくて可愛い。でもこの生徒たちが全国一のハイレベルなんだと。1日目の現役定演を聴いたN君は「圧倒された」「どこまでうまくなるんだ」と感想を述べていた。)と事務局関係者がいるのみ。まばらな観客席に向かって、何と言ったか覚えていませんが、要は

・ディスコキッドを毎年アンコール演奏していただいて大変感激している。
・OB一同大変大変お世話になりました。
・僭越ながら、感謝の意を込めてディスコキッドをN先生に捧げます。

等ということを一同になりかわり、しどろもどろに話して、演奏開始。

まぁ、指揮というより指揮台で踊りまくった(笑)というのが正解でしょう。
スコアは見なくても、意外や意外けっこう覚えてました。
(唯一のミスは例のYou are my sunshineで転調するところを頭の中でとばしちゃったくらい。演奏はちゃんと勝手に進みます。もちろん。)

これも苦手のアウフタクトからの開始ですが、ドラムのハイハットが入るだけなので、気楽に始められます。

と、気がついたら、ここまで随分書いてしまったので、残りは次回(おそらく最終回)に。

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30年振りにタクトを振った!(その5)

定演のプログラムはひととおり終了して、ブラボーの大喝采!

用意されたアンコール曲は、2曲。
1曲目はアルトサックス(現役プロです)奏者のソロをフィーチャーしたポップスもの。
最後、ものすごいハイトーンのフェルマータがきかせどころ・・・若干とぎれた。とぎれたものの、とぎれてもやむを得ないと納得できるくらいすごいハイトーンで誰も失敗とは思わない。心意気が十分伝わる名演で大喝采。

そして2曲目はディスコキッド!!!
って言ってもだれもわからないでしょうが、この曲は、僕が指揮をして県代表を勝ち取った年の課題曲だったんですよ。当時、クラシックの編曲ものか、あるいは甲子園用行進曲、応援歌くらいしかレパがなかった吹奏楽界に新風を呼び、まさに賛否両論を巻き起こした曲です。ポップスものを演奏するだけでも勇気がいるのに、その先をいくディスコサウンドですからね。今でもこの曲はそれなりに有名で、「吹奏楽 ディスコキッド」で検索すると、演奏があちこちでアップされています。でもアップされているのは良く言えば模範演奏風、悪く言えばマーチングバンド風で、ちょっとノリが違うと感じるのは身びいきのせいか?

うちの二男にこの曲聴かせたら、学校で聴いたと。そんなわけあるはずないと思って、いろいろ話したら「なんとかなんとかサンシャインって歌ってた」って聞いて納得。あっそれはたぶんYou are my sunshineだ。確かにディスコキッドの最後、盛り上がるところのフレーズ似ていなくはない。

ま、それはともかく、今の繁栄の源流がこの課題曲なんだという思いを込めて、もう22年間続いている定期演奏会で、必ずアンコール曲として演奏する習わしとしているのだとか。「もうそんな由来なんてわからないで演奏している若い世代のOBの方が多いんですけどね」とTくんは豪快に笑う。

と事前にTくんから聞かされていたわけですが、いざN先生の指揮で演奏が始まると、冷静でいられるわけがありません。思い出す思い出すいろいろなこと。

寒い寒い体育館のステージであちこちばらばらでやっていたパート練習。
その片隅のカビ臭い、暗い部室で、自由曲は何にする?とかいって議論したこと。
このディスコ独特のノリが習得できないので、合宿で夜音楽室に皆を集めて聴いてもらったディスコミュージック。
スタイリスティックスのヒットナンバー(古っ)
シルバーコンベンションのフライロビンフライ(いまやこんなのだれも知らない)
それから和声の動きがディスコキッドと酷似しているという理由できかせたマッカートニー&ウィングスのバンドオンザランからの一曲(もう曲名忘れた)
誰も似ていると言ってくれなかった(悲)

ドラムのアドリブに苦心惨憺して、レッドツェッペリンの聖なる館からジョンボーナムのドラムをぱくらせたり。(当時はこれ黙ってたけど。)
この日の夜の懇親会でも、アルトサックスのNくん(このOB定演への出場のみならず、お住まいの町の市民吹奏楽団の中心メンバーで活躍中のバリバリ現役です。)から、いろんなドラムアドリブを聴いているけど、あれが一番よかったと言ってくれた。でもディスコなのにヘビメタだからねぇ。かなり重かったと思うよ。

市大会では確か前に書いたUくんがのりまくってものすごいボリュームでチューバ吹いてたっけ。

そんな思い出がいっぱいいっぱいつまったこの曲。
この日の夜の懇親会で、直接顔も知らない後輩達から、当時中学生だった彼らが、県大会でのディスコキッドの僕の指揮を見て「かっこいい」と思ってわが高校に入って絶対吹奏楽やるってきめたんですって言ってくれてこれまた感激。(いや、たぶんかっこいいのは僕じゃなくてこの曲だからね)

この曲、ソロの聴かせどころ満載なのが魅力で、ピッコロ、クラリネット等が次から次へと妙技を披露する仕掛けになっています。当時のソロもみんなすごかったけど、さすが全国大会常連校のOB定演、プロもアマもその区別がつかないほどうまい!聴かせる!

と、曲はもう終盤に、ダメだ!終わらないでくれ!二男が学校で聞いたと感想を述べた最後の旋律が始まり、やがて転調して、いったん弱くなって、もう終わりますって感じのリズムパターンになって、ちょっと裏切るようにグロッケン・シュピールの一音が何かを暗示するかのようになって・・・ああ、もう終わり。

すっかり脱力する僕以外は、会場はブラボー、ブラボーの連呼!
何度もステージに呼び戻されるN先生、例のアルトサックス奏者に近づいて何やら相談事。
「も一回やってみる?」
「いやいや」
「いいから、おやんなさいよ」
という会話がジャスチャーからうかがえて会場からも笑いが・・・

で、N先生から「明日もあるので(定演3日目)今日はこれで最後にさせてください」とコメントがあり、アンコール1曲目の再演。前に書いた最後のハイトーン。みんな息をひそめて見守る中、やっぱりとぎれ・・・かかった。でも先生は次のパッセージの指示をせず、ずっと左手でフェルマータ延ばしっぱなし。頑として動きません。おぉっここから音が見事に持ち直し、甘い甘いかつ魂をゆさぶるハイトーンが蘇る。これにはみんな拍手。でも先生は手をまだ動かさない。まだ引っ張る。まだまだ引っ張る。まだまだまだ引っ張る。拍手をやめてどよめく会場。そしてようやく音をやわらかく閉じてコーダへ。3日間の演奏からベストの演奏を選別してCDが全国発売されるので、そのために再演させたんだろうって感想もありましたが、いやいや僕は教育者としてのN先生の面目躍如という方の解釈をとります。絶対。そんなこんなで大盛り上がりの定演2日目のOB演奏会はこれにて終了。何の苦労もせず指揮だけさせてもらった僕と違い、この超巨大編成の組織での3日間定演、事務局の苦労は並大抵ではないと思います。御苦労さまです。

ということで本編は終わりですが、番外のサプライズ&大クライマックスを次回に。

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30年振りにタクトを振った(その4)

いよいよ本番間近。

舞台のそでで、うろうろしていたら、事務局の後輩が声をかけてくれて直前の打ち合わせ

暗いうちから、メンバーと一緒に指揮台にあがっていてください。
この後、定演を始める旨のアナウンスがあります。
アナウンス後、照明が明るくなったら、すぐ演奏を始めてください。
演奏が終わったら、先輩の紹介のアナウンスをしますので、その後退場です。

「はいはい」

もう面倒くさいから、明るくなったら演奏を始めるってことだけ頭に入れて待つこと数分。
N先生から、学校関係者を紹介してもらって歓談するうちに気が付いたら、メンバーのほとんどはすでに舞台へ。
あわてて舞台へ歩き出す。

どうせ暗いからわからんだろうってたかをくくっていたら、指揮者の姿を見て会場から拍手が・・・
す、すみません。N先生じゃないんですよ(笑)。

指揮台にあがり、待つことしばし、照明がつきました。
さあ、定演のはじまり。
指揮棒をあげ、振りだします。
無難な出だし・・・と思いきや、3、4小節目でとんでもない異変が。

「これから第22回、I高校の定期演奏会を・・・」

って、こらぁ。順番違うやん。しかも演奏が始まってんのわかってて何でそこでアナウンス始めるかなぁ。

とっさに、演奏をやめさせた。

ど、どうしようと思案してたら、会場からほほえましい笑いが沸き起こり、舞台のみんなもニコニコ。
わっはっはっ 一応、笑いはとったということにしておきましょう。
アナウンスが終わったところで、気をとりなおして、もう一度最初から。

ここで、問題です。
「本番での指揮者の特典は?」

答えは「客席に背を向けているから緊張しない」ことです。
(じゃ、サントリーホールみたいなところだったらどうなるのか?・・・やったことないから知りません。)

日本のトップクラスの吹奏楽団を一介のサラリーマンが指揮させていただくなんて、ひたすら終わらないでくれぇと願いつつ、スコアに目を落とすこともなく、前奏の6小節、一番の20小節、2番、もうあっという間に終わり。最後は思い入れたっぷりにRit.をかけて、最終音を締めくくります。

振りむくと同時にメンバーも起立、お辞儀してアナウンスを待ちますが、なかなか紹介アナウンスが聞こえない。
ちょっと間が持てず困惑しましたが、ようやくアナウンスが聞こえ、紹介に対するお礼もこめて再度お辞儀をして退場。

アナウンスとの間に終始翻弄(?)された他は、無難に終わりました。

後はN先生にタクトをお返しし、素人はそそくさと消えるのみ。
ほっとして、Tくんの案内で、招待席まで誘導してもらいます。
まわりには母親(父親は昨晩飲みすぎで二日酔いのため欠席。情けなや)、同窓会の会長さん、前に書いた僕と同期の部長のHくん、二つ下の指揮者のKくん。

皆で演奏を楽しみました。
改めて見ると、N先生の指揮は昔と変わりません。
本当にかっこいい。

実は演奏中のOBの皆さんの中には、前にも書いた音楽の教師になった方々以外にも、我が国のバストロンボーンの第一人者でN響団員のKくんを始め、何とプロのミュージシャンが数名。プログラムにはこれらプロの方を中心としたソロも含め、多彩なものでした。

普通だったら、これで連載は終わるのですが、思いもかけないサプライズ、大クライマックスがあったので、後2、3回ほどおつきあいください。(続)

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30年振りにタクトを振った!(その3)

さあ、気をとりなおして、いよいよリハ開始!
30年(以上)ぶりの指揮の首尾は?(続く)

などと前回気を持たせるような終わり方をしておいて、こういうことを言うのも何ですが、よくよく冷静に考えると、大したことないんですよ。

初めての楽譜を配り、そこからメンバーと一緒に練習を重ねて曲を作り上げるパターンとは違い、今回の校歌は毎回定演でやっているOBにとっては馴染みのスタンダードナンバー。とくにテンポを揺らすような曲でもなし、最初と最後がそろって、それから途中のテンポがぶれなければ、後は指揮者なんか不要なんです。しかも、みなさんの敬愛するN先生をさしおいて、大昔のOBと名乗る正体不明のおじさんが「宙に三角形を描いている」だけですから、あのおっさんは誰だ?的な興味は湧いても指揮そのものは、言わばどうでもいい存在。

なのですが、それでも緊張しますよね。

いざ指揮棒を上げると、それにつれて皆がさっと楽器を構えます。この間の、動作に伴う空を切る音とか、楽器が何かに触れた時の音とかがたまりません。

と、指揮棒を振りだす一瞬前に(本当に30年振りに)急に思い出しました。
ピアノや弦楽器と違い、吹奏楽ですから発音前には大きな吸気が必要で(本当はピアノや弦楽器でも同じですが、これがもっと直截的ということ)、これを考えてアインザッツをそろえてあげなければいけないのだということを。

そこで、先に書いた空を切る音とかのざわつきが静まるのを待って、でも緊張感がなくならない程度の間をおいて、ちょっとかっこ悪い素人っぽい(実際素人だし)やり方なのですが、かなり大げさに1、2と振ってアウフタクトから・・・木管がいきなりの7連符(つまりオクターブのスケールアルペジオ)という拍をとりにくいパッセージから入ります。おお、そろった、そろった。後は流すだけ。

そして前に書いたきれいなきれいな前奏の2小節を、カラヤンのまねごとの左手で流れるようなジェスチャー(って、どうせ誰も見てないのでこれは単なる自己陶酔=本当はこれやっちゃいけない。指揮者はあくまで冷静にとその昔何度N先生に言われたことか・・・)

後は、フレーズの大きなまとまりを意識することと、「きめ」のトランペットのオブリガードを丁寧に。(と実際指示したわけじゃなくて、そういうことを意識して指揮しただけです。)
最後のRit.も決めて(と勝手に思う)、足がめちゃくちゃ震えて難渋したけど、一回目の通し練習終り。
正直な感想は、結構「体」って覚えてるもんだなぁってこと。僕が指揮したんじゃなくて、演奏にあわせて指揮のまねごとをしてるっていうのが正解なんでしょうが、そのまねごととしては無難だったのではないかと・・・

まぁ、こんなもんかと思い、振り返って「先生、ありがとうございました。」と言ったら、「まぁ、そう言わずもっとおやんなさいよ。」だって・・・

単に僕が生のフルバンドの音に慣れていないだけなのか、正直な感想は・・・音がうるさかった。3分間ほとんどfffで鳴りっぱなし。なんせ160人!しかも皆OBですから、音出したくて出したくてしょうがないということもあるのかもしれません。もちろん音そのものは、きれいだけど。7年間ピアノ(まさにピアノ・フォルテ)やってきた成果もちょっとは見せたいし、本当に正直にうるさいと感じたので、「(校歌というセレモニー曲とはいえ)楽譜に書いてあるとおりのデュナーミクを意識してくださいね」といかにもわかったふうのえらそうなことを口走ってしまう僕。ということで2回目の練習。ようやく足の震えがとまり、音がよく聞こえはじめます。指揮もかなり冷静に振れました。

ということで2回の通し練習で僕の出番は終了。後は観客席で、残りの曲を先生が指導するところを見学。ここでようやくTくん登場。リハーサルをBGMに昔話に花が咲くことしばし、リハの2時間は、あっという間に終了して、後は本番までお昼休みとなりました。

ここでようやく、代が近い(OB会ではシニアOBと呼ばれているらしい層です)連中と顔合わせ、うわっ懐かしすぎ!本宅サイトでちょっとだけ紹介したアルトサックスのNくんとも再会。

お昼は、ひとつ下のトロンボーンのHくんと食べようということになってレストランにいったら、いきなりひげおやじ(失礼)に「先輩!」と声をかけられた。だ、だれ?あ、あぁチューバのUくんじゃないか!

このお二人、結局音楽好きがこうじてそれぞれ高校と中学の音楽教師、しかも吹奏楽を指導しているとのこと。わが故郷は、いまや母校だけではなく、東北地方から全国大会に出られる枠3つをわが故郷の高校が独占してしまうほどの吹奏楽のメッカなんだそうだ。Hくんもその全国大会出場校の指導者(指揮者)!N先生から始まった大きな流れがこんなことになっちゃってるなんて!

そしてUくんのお子さんも我らが母校の吹奏楽に入り、今春大学へ。で今日は「本当に楽しみにしていた」定演OBの部での親子共演なんだって。

うぅっみなさん、感動しませんか?一大叙事詩みたいでしょ?

後は、音楽の話ばっかり。
「先輩、今やってる自由曲はドビュッシーのこれ」と楽譜を渡され、
「白と黒で?おお2台ピアノものじゃん」
「さすが、よく知ってますね。」
「いや、おれ高校卒業とともに吹奏楽は足を洗って、今ピアノばっか。」
「えぇっ!確かに先輩変わり身あざやかだったもんね。あの後大学受験になって・・・」
「そういえば中学時代、音楽室でみんなでインヴェンション弾きっこしたっけな。お前が僕13番好き!って言ってたの今でも覚えてるよ。」
「だぁぁ」
「今でもバッハ好き?」
「もう大好き。チューバで無伴奏チェロ吹いちゃう」
・・・(絶句)
みたいな調子で終わらない、終わらない。

って「その3」まで書いているのに、全然本番タイムが来ないですね。
ということで次回に続く。

PS
この(自称)一大叙事詩のきっかけになったと言えなくもない「指揮者の僕と部長のHくん(上のHくんとは別人)が当時の窮状にたまりかね、まったく無関係の別な学校のN先生のところに直訴して無理に指導を依頼した」と「その1」で書いた伝説の真偽について。

この日の本番後の大懇親会で、直接顔も知らない後輩も含めて大勢の人から、「この伝説本当なんですか?一体どうやってN先生ひっぱってきちゃったんですか?」って聞かれて、最初は正直に「いやいや、そんな伝説ないよ、僕覚えてないもん。」っていう度に、みんなあっけにとられたり、がっかりしたりするわけですよ。

だんだん気になってきて、後日部長のHくんにそうだったんだっけ?ってメールしたら、返信曰く。「えっ?俺は知らないよ。いきなり顧問のT先生に呼ばれて、今度他校のN先生に指導してもらうことになったと一方的に通知されたんで、てっきりお前が一人で話をつけてきたんだと30年間信じ切ってた。」だって。深まる謎・・・

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